大正の部屋  ー温故知新ー 

大正・昭和初期の実体験を 話す・語り合う・聞く・訊く
その時代の伝聞(親・親戚・知人より)を披露し合う
主役は上記時代お生まれの世代ですが、参加は老若広く
詳細は「開設の趣旨」を参照 質問は「問い合わせ」からどうぞ

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  • [No.810] Re: はじめまして 投稿者:BUP  投稿日:2008/12/11(Thu) 09:53
    [関連記事URL:http://bup7.blog37.fc2.com/

    JA0HP de JA7BUP 73


    [No.809] Re: はじめまして 投稿者:変蝠林(1917-)   投稿日:2008/12/10(Wed) 21:33
    [関連記事

    善兵衛さん ようここそ。

    > インターネットの世界では自分が最高年齢かと思っていたら
    > とてもとても 10歳も年長の大先輩が御座らっしゃったとは!

    添付写真を羨ましく拝見。

    五度目の赤紙で入営三日、初年兵訓練も無きまま、完全軍装で
    駅まで深夜の駆け足。鎧戸下ろした列車が港に着いたら直乗船
    朝鮮満州北支も走り去り降りた処がフホホト、駐蒙軍。

    幹候も上手く逃れて暗号班。御陰様で山西の山々を討伐行五回。
    三十八キロの弱兵が六拾キロに成って南風崎にLSTで凱旋。
    変なる所以です。

                           変蝠林(1917-)


    [No.808] はじめまして 投稿者:善兵衛  投稿日:2008/12/10(Wed) 19:10
    [関連記事URL:http://www1.odn.ne.jp/~aac00450/


    画像サイズ: 328×200 (14kB)
    インターネットの世界では自分が最高年齢かと思っていたら
    とてもとても 10歳も年長の大先輩が御座らっしゃったとは!

    昭和1桁のころある所にガキ大将に噛み付いた悔しがりやの
    泣きべそがゐました
    その子は小学生になってからも遊びのルールが覚えられなくて
    みんなに仲間に入れてもらえない哀れな子でした
    七十何年か過ぎてその子が今 パソコンを楽しんでいます

    大正1桁の方がご健在と驚き不用意にも訪問しました
    これまでを何も知らずに書き込みましたが皆様ご容赦を


    [No.807] 夜 店(よみせ) 投稿者:変蝠林(1917-)   投稿日:2008/12/09(Tue) 14:02
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    昭和五年小学校卒業ですが子供の頃の思い出と言えば:

    繁華街に夕刻から出店される夜店の光景が強烈ですね。
    道の両側の地面に割拠して各種の売り手が出てました。

    電球が燭光で表示された頃で照明は殆どがアセチレン。
    光度も強烈でしたが特有の匂いには格別の哀愁有りで。

    売物は蝦蟇の油からバイオリンにて奇音を発して楽譜。
    果ては手相人相占い、古本売り、梅毒薬局には垂幕が。

    戦後の一頃銀座に似た物が並んだ時期が有りましたが。

    地方に依っては或いは現在でも?

                             変蝠林(1917-)


    [No.806] 煙草と塩の博物館。 投稿者:変蝠林(1917-)   投稿日:2008/12/03(Wed) 10:40
    [関連記事

    先日NHKの帰途に多年探して居た上記博物館を偶然見付けました。

       >http://www.jti.co.jp/Culture/museum/WelcomeJ.html

    之は今や消えた専売局が廃局と共に設立したもので輝く歴史と共に
    煙草と塩の全てを語り、昔の生活に如何に貢献したかを珍品と共に
    展示説明されて居り、是非一度入館を御薦め致し度き博物館です。

    ゲルベゾルテの味を知って居る・・・・・・・・・・変蝠林(1917-)


    [No.805] Re: 煙草と肺病。 投稿者:変蝠林(1917-)   投稿日:2008/11/29(Sat) 11:57
    [関連記事

    皆さん

    煙草に就いて調べて居たら、

    >喫煙依存症は、精神医学において物質依存(依存症)の一種であると認められており、WHOによる疾病の分類基準である国際疾病分類第10版(ICD-10)にも「F17.2 タバコ使用<喫煙>による精神および行動の障害 依存症候群」として分類されている。日本においても、中央社会保険医療協議会により正式な疾患と認められ、

    >2006年4月からニコチン依存>症患者の病院での禁煙治療が健康保険制度の適用となった。
    >これにより禁煙治療における患者負担額が大幅に軽減される事となり、禁煙外来などが新設されるケースもある。

    と言う文章に突き当たりました。 これは知りませんでした。

                                   変蝠林(1917-)


    [No.804] Re: 煙草と肺病。 投稿者:瀬里恵  投稿日:2008/11/29(Sat) 09:30
    [関連記事URL:http://homepage2.nifty.com/Avenue-Serie/

    マーチュャンさん、変蝠林さん、皆さん

    >  ストマイなどの特効薬ができて、結核の方はどんどん減ってよかったですね。

    オット…!! 半ボケ老の地が出てしまいました…(笑)
    ストレプトマイシンと書こうとして、ペニシリンと書いてしもうたり…。
    ヘビースモーカーと書くべき所、ハードスモーカーと書いたり…。

    ところで瀬里恵の生家は有明海に突出した岬の突端にあって、風光明媚・空気清浄
    だった関係か、隣は坂梨病院という結核のサナトリュウムでした。
    そのせいで免疫性が出来たのか、ツベックリン反応はいつも3mm程度の陰性でした。

    肺病退治にはオゾンを多く含む空気が良いらしい……


                       瀬里恵


    [No.803] Re: 煙草と肺病。 投稿者:   投稿日:2008/11/28(Fri) 21:19
    [関連記事

    変蝠林さん、瀬里恵さん

     結核が国民病といわれ、勤め先でも罹患して長期欠勤する方が
    たくさんいらっしゃったのを記憶しています。
     また、藤沢、茅ヶ崎など海岸に沿って、結核の療養所がありました。
     堀 辰雄など「結核文学」というジャンルもありましたね。

     ストマイなどの特効薬ができて、結核の方はどんどん減ってよかったですね。

    > 同行数人が毒消しに紙巻煙草を廻し吸いしました。「朝日」と言う
    > 御座敷煙草で吸い口が付き、其処を押し潰して平らにして着火です。
    > 当時「朝日」は料亭での必需銘柄でした。
    > お前も吸いなさい、と言われ一口吸って無事見舞いを済ましました。

     「肺には、タバコが最も悪い」聞いていましたが、なんと当時は「病原菌封じ」に
     使われていたのですね。
     伺ってびっくりしました。


    [No.802] Re: 煙草と肺病。 投稿者:瀬里恵  投稿日:2008/11/27(Thu) 08:33
    [関連記事URL:http://homepage2.nifty.com/Avenue-Serie/

    変蝠林さん、皆さん…。

    > 戦前の時代、と言うより私が五-六歳の頃です。

    > 其の頃、肺結核は肺病と言われ伝染が非常に怖れられて居りました。

    昭和初期から終戦まで肺病は国民病(特に若者の)でしたね。
    瀬里恵の年上の父方の従兄弟1人、母方の従兄弟1人が肺病で若くして
    亡くなりました。

    また愚妻の従姉妹も若くして肺病で亡くなっています。

    瀬里恵の母は戦前、結核専門の看護婦をしていました。

    戦後になって進駐軍からペニシリンなどの抗生物質が齎されてから
    急速に肺病は消失しましたネ。瀬里恵の職場の同僚にも、抗生物質
    で救われた人がいます。

    しかし煙草が肺病の予防薬とは知りませんでした。
    戦中・戦後の配給時代を思うと感慨無量…。煙草の値段を1000円に
    するとか しないとか…。
    煙草には無縁の瀬里恵には対岸の火事ですがね。 愛煙家は困るで
    しょうなァ…。

    隣で煙草吸われると煙たくて泪するセリエタンですが…親父と倅は
    ハードスモーカーです。


                  瀬里恵


    [No.801] 煙草と肺病。 投稿者:変蝠林(1917-)   投稿日:2008/11/26(Wed) 07:44
    [関連記事

    戦前の時代、と言うより私が五-六歳の頃です。

    其の頃、肺結核は肺病と言われ伝染が非常に怖れられて居りました。
    或る時、親戚の青年を皆で見舞いに行く事になりました。

    同行数人が毒消しに紙巻煙草を廻し吸いしました。「朝日」と言う
    御座敷煙草で吸い口が付き、其処を押し潰して平らにして着火です。
    当時「朝日」は料亭での必需銘柄でした。
    お前も吸いなさい、と言われ一口吸って無事見舞いを済ましました。

    成年して就職した貿易屋が「ゲルベゾルテ」の輸入元でした。
    先輩に強制された一服は味、香り共に正に最高の煙草でした。
    あの味を懐かしがる人々に良く会いますが製造元が廃業です。

    WHOに忠実な日本医師会(白い巨塔)が禁煙に之勤めて居ります。

                                   変蝠林(1917-) 、


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