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Re: イレギュラー虜囚記(その2)

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あんみつ姫

通常 Re: イレギュラー虜囚記(その2)

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - | 投稿日時 2007/12/9 14:51
あんみつ姫  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 485
 日曜日になると、マーシャがワンピース型軍服をブラウス、スカートに着替えて、用も無いのに二階の部屋に現れる。女は女、紅一点の趣があり注目を集めた。

こっちも用もないのに顔を寄せてヒソヒソ話をして見せる。愉快な塩崎中尉が大切に持っていたホワイトローズの香水瓶で…とけしかけられたが、結局は缶詰と交換して皆に笑われた。

ソ連の兵隊に言わせると、軍隊にいる女は全て淫売《いんばい=色を売る》で、将校同士、兵隊同士で然るべく遊んでいる。女将校は夜間兵隊に近寄らないとか。軍隊の女を、ペ・ペ・ジェ(パホッドナヤ ポレバヤジェナー(野戦一夜妻))というそうな。

除隊しても、軍隊経験のある娘は絶対に嫁に貰わんと頑張っている。「女軍人の胸の勲章は、男に対する凄腕に与えられたるものなり」だと。

 フラットキン少尉は、マーシャと同じくモスクワの東洋大学の出身で、片山潜の娘ヤス女史に日本語を習い、女史の家で親子井をご馳走になつたとか。日本語がアカデミックで語彙《ごい=言葉の種類》が少ない。

ハルビンの洋服屋タイプの空軍大尉は日本語が上手と自慢だが、よく分からない表現も多く、こっちに文句をつける。志賀直哉の「暗夜行路」を抱えているのは御愛嬌だ。

彼が「アナタ達ハ今日カラ捕虜デス」とやった本人らしく、その際「大佐、中佐、少佐、大尉ドノハ一歩前へ、中少尉ハ回レ右」と号令するので、中少尉連中は、何だ呼び捨てかと思ったとか。ソ連軍では中少尉は日本の下士官並みだ。

中尉の階級に、上級中尉というのがあるが、これも使い易くする方便か。尤もソ軍の中少尉の程度は平均して日本軍の下士官以下だ。

 外部からは、ほぼ毎日避難民や満人の治安維持会にだまされた地方人が連れられてくる。一つのグループに伊藤清久が地方人になりすまして入っていた。
吉林の地方人は逃亡兵にされて連れられてくるらしく、家族持ちも多いので下士官、兵宿舎から毎夜脱走者が出、自動小銃の音が絶えない。維持会から説明事項があるので集まれと言われ、下駄履きのま連行された人もいる。
                           
 九月中旬から労働大隊の編成が始まった。古参中尉をコンバートに据え、副官、主計、軍医、中隊長、小隊長要員として20人の中少尉を当てる。将校、兵隊とも各部隊からばらばらに集めて千人の大隊を作る。

団結を警戒したソ連の方針で、抑留中は、半年か一年単位で分割、合併を繰り返す。吉林では201大隊から始まり、211大隊まで編成し、毎日一ヶ大隊ずつ出発した。行先は一切不明。甲211大隊は豊満発電設備解体作業に出た。

残ったのは大部分大尉以上の三階の住人達。何もする事がなく、専門分野の講座を開いたり、歩哨に連れられて買物に出たり、スンガリーで水浴などしていた。
我々のように前線にいた者と違って、十円紙幣を下も向けないほど腹に巻いた奴や、師団主計長のS大尉のように、公金を隠しながら師団の者に分配せぬと非難されているのもいる。
しかし、日本円の力は翌年春には消滅し、通用するのは50銭銀貨だけになってしまった。

 通化病院長の軍医中佐が、例の通訳大尉のモノモライを一日で治療して絶大の信頼を得、淋病患者が殺到した。警備隊長の大尉も罹病し、自慢のヒゲを剃り落としたのはお笑いだった。満洲駐屯のソ連軍を経てソ連国内に流入した病毒は彪大なものだろう。

 九月末、先に豊満に出た甲211大隊に通訳が不足し、伊藤と二人で行くことになつた。豊満ダムは世界有数の人造湖で、満州電業自一慢の大発電所が九分通り完成していたが、ソ側はそれを解体して本国へ送り出すつもりである。吉林市の南西約20粁の山中のラーゲリに夜9時すぎ到着、ダムのゴウゴウたる水音が響く。

                           (つづく)

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あんみつ姫

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