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Re: イレギュラー虜囚記(その2)

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あんみつ姫

通常 Re: イレギュラー虜囚記(その2)

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - | 投稿日時 2007/12/13 16:06
あんみつ姫  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 485
   琿春駅ラーゲリ設営

十一月十七日朝、琿春駅軍用側線に到着。東方約百米に軍官舎街あり。警備の都合上、平屋建独身寮に全員収容となる。豊満ダムからダモイで先発した二〇九大隊が入っているので、二一一大隊は一ヶ中隊がハミ出し、抽簸で第一中隊は幕舎。

その夜、火が出て幕舎一張全焼。琿春で四、五日作業後ダモイどころか、二〇九大隊では各室二段床で、押入れを取り外した八畳大に十人ずつ入っており、我々も同様の設営をしろとの命令。材料は官舎街の空屋をぶち壊して運ぶ。

 二〇九本部へ挨拶に行く。コムバートは岩崎中尉、副官小林中尉、二人とも関特演《かんとくえん=関東軍特別演習》召集の中年インテリ。通訳はベラベラしたロシヤ語を使う飯田伍長。ソ連本部と紙障子一枚の隣り合わせの独立家屋に居り、ソ連にポーヴアル(料理係)と当番を差し出している。所長はチエルノウーソフ中佐。
                       
  食料問題発生

 設営作業中に重大問題が起った。ヒリモーノフ所長が、糧秣全部を日本側に引き渡すから明年二月七日まで食えと言う。来年まで拘束するつもりか。輸送中は幾らでも食えと言いながら、今になって何だと責め立てたが、ヒリモは言を左右して答えぬ。
到頭、司令部のナクラドナーヤ(送り状)を見せた。確かに二月七日までとある。察するに、ヒリモも当地へ着いてから命令を受けたらしく、我々に隠していた訳ではないようだ。

 加藤大隊長、大山副官(准尉)、田中少尉、伊藤 (晴久)ら本部で検討したが、煮込み雑炊を朝夕のみ支給と決定。兵隊連中もソ連式やり方に慣れたか諦めたか、大した騒ぎにはならなかった。食料は、二〇九が高梁、二一一は白米、二〇九は砂糖の配給、こちらは無し。

十二月半ばに、収容所長が一人となり両大隊を統括しても、この間題は片付かず、駅の作業では、二〇九には馬車で昼食が届けられるが、二一一は昼抜きが続いた。シェーバも先着の二〇九には支給されているが、我々にはなし。その代わり十二月末から二月始めまで雪の日や強風の日は作業免除にしてくれた。

 捕虜労働の開始

 翌日、二五〇人分遣の指示あり。幕舎の第一中隊と四中の一ヶ小隊を選抜。ソ満国境のノーヴアヤデレヴニヤに向け数十粁の徒歩行軍。厩小隊が装具を積んで従う。海林以来の部下有馬兵長も出発した。いよいよ入ソだ。関東軍の諸隊はどうなっているのか一切分からない。

 所長のヒリモーノフ中尉と二人で作業打合せに駅へ行く。ヒリモも何をするのか知らない。変な軍隊だ。駅付近にはソ軍の事務所らしいのがあちこちにあるが、午前中歩き回ってもさっぱり要領を得ぬ。午後、二〇〇人を連れて再度駅に行く。駅に最も近い事務所で、やっと何をやるのか分かった。

つまり、ソ連軍が満洲で押収した物資を琿春駅でスチエードベーカーに積み替えて、ソ連領内へ送りだす作業だ。先遣の二五〇人はこれの荷卸し係という訳だった。こんな程度のことが、何故簡単に分からぬのか不思議な軍隊もあるもの。

事務所の一室から、ディアナダービン《米国の映画女優》の「乾盃の唄」のレコードが聞えてきて胸が締めつけられる思い。

 駅のプラットホームでは、二〇九の連中や三十人ほどの邦人婦人が大豆の山で袋詰めをやっている。大豆を少しずつ持って帰れるので、毎日通っているという。歩哨が悪ふざけをするが何ともしてやれない。

 次の日から延々と続くラボ一夕《露語=作業》が始まる。風の日も雪の日も、暗い中から出て暗くなってから帰る捕虜の日々である。毎朝六時、駅からカンボイ(護送兵)が人員受領に来る。駅まで約二粁。
駅に着いた頃東の空が明るくなる。

満洲各地から物資を満載した列車が毎日二、三本人って来る。各貨車に十五人あて配置して荷卸し。スチエード約三十輌が、ノーバヤを一日二、三回ピストン輸送をする。
運転兵もなるべく早く割当回数を消化したいらしく、我々が駅に到着する前に全車待機しており、争って積載人員を取りに来る。煙草などをよくくれる運ちゃんには兵隊も喜んでついて行く。

トラックが出発すると一段落で、焚火に当っているが、貨物の整理やホームの掃除、貨車の後押しなど結構使われる。しかし、豊満時代のようにダワイダワイと急き立てられることはない。トラックの荷台下にチョークで小さく通信を書くと、ノーバヤから返信が来る。
しめしめと思っていたら四日目に見付かって厳重な注意を受けた。

ソビエトという国は横の連絡を警戒する。ソ連軍内部でも同じらしい。二〇九の食料は琿春駐屯軍から、二一一はクラスキノから来るらしく、途中で大分抜き取られる。警備兵の派遣元が違うからだという。伝票一つで琿春軍からもらうという横の応用問題は禁止のようだ。

一日の仕事は日が暮れると終りだが、トラックがノーバヤからターンして来るのか否か分らない。兵隊連中は帰りたがる、ソ連側は待ったをかけるので、毎日ゴタゴタが続く。いらいらが募ってくると、兵隊は将校に当たる。
朝の集合を急がせると、闇の中から「玄界灘には鮫がいるぞ」「いつも月夜と思ったら大間違いだ」「今度生れ変ったら仕事をしない将校になろうぜ」などと嫌味を言う。

ソ側に楯突くわけにいかず、日本の将校に憂さを晴らす。兵隊と一緒に働いた方がよほど気が楽だが、ソ側は将校の労働を許さない。「犬を棒で殴れば、棒に噛みつくものさ」と慰めてくれる。

二〇九、二一一は吉林編成の労働大隊の最終だったため、満人に売られた地方人が多い。停戦前日の召集兵もいる。満洲生れも大勢いて、服装もバラバラ。満鉄服、背広、満服、作業服、鳥打帽もあれば防寒帽も。階級章を付けているのは准尉以上だけ。軍紀どころか、団体生活の経験もない烏合の衆。

 幸い、所長のヒリモーノフ中尉が好人物で、作業人員にうるさくないので、本部の大山副官(ソ側はナチヤーリニクシターバと御大層な呼名をつける)が、各人が一週一度の休みを取れるよう綿密に計画して、前夜の「日々命令」で示達する。

 所長補佐になったエレソフ伍長も小柄で人の良い男。眼病の眼をショボつかせながら、四六時中「ドクトル ドクトル ミールィモイ ボスモトリーカ ナ フィ モイ」とプツブツやっている。
Oをそのまま発音するオーカチ方言で、ガラバがゴロボになるので大笑いしたら、オドオドして口がまわらなくなる愛すべきロシャムジーク。

 作業が進むにつれて、二一一から図椚に一〇〇、ノーバヤに追加一〇〇、シベリヤ鉄道最南端のクラスキノ駅に一〇〇、二〇九は清津へ二〇〇、バラバーシに一〇〇の人員を派遣した。

                           (つづく)

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あんみつ姫

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