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Re: イレギュラー虜囚記(その2)

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あんみつ姫

通常 Re: イレギュラー虜囚記(その2)

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - | 投稿日時 2007/12/13 16:00
あんみつ姫  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 485
 十一月六日、やっと移動命令が出た。吉林駅へ行くという。師道大学の本部前で整列していたら、久我所長夫妻の馬車が来た。奥さんは豊満ダムでもロシヤ人の間で評判の美人だったので、将校連がワッと馬車をとり巻く。我々はその前をゴソゴソと前進。ダムから来る211大隊と合流すると知り一安心。

三時間ほど経って、豊満から列車が入った。客車を二段にしている。大隊本部と再会を喜ぶ。入ソしたと思っていた由。我々の120人と、製紙工場からの約50人が合流、ヤコブレフが次の責任者ヒリモーノフ中尉に引継ぎ。引継いだあとは、うるさいヤコブが何にも言わなくなつて知らん顔。

56才のスタリークと呼ばれていたロシヤ語の上手な広瀬翁は、家が吉林にあるからとソ側将校それぞれに握手してスタコラ帰って行った。ソ側も何も言わなかった。老人は利用価値なしか。ヒリモーノフは若く小柄で、人の良い男。助手のハダコフ軍曹も当番のエレソフ伍長も典型的素朴ロシヤ人。病人は吉林の病院に残すことになり、吉林出身の者は仮病を使って大分残った。

 各車に車長として日本将校一人、歩哨二人が付く。加藤大隊長、大山副官、林軍医、当番、伊藤晴久、自分の六人はヒリモーノフらソ軍収容所関係者の車輌に同乗。ポータブルで押収レコードをかけている。ハダコフは「覗かれた花嫁」がお気に入り。

10日間の列車行軍中、ある軍曹は用便以外は一度も立たず、寝そべったまま、武勇伝ヤアネクドートを兵隊に聞かせていた。輸送指揮官は赤ら顔の上級中尉で、これも中々の好人物。十一月の寒空に、無蓋車のシートにくるまり、馬と共に寝起きしている。副官の八字眉の中尉がよくウオツカを振舞ってくれた。

他の車輌には師道大学での顔身知りが沢山いる。アバタのフョードロフ軍曹が吉林に日本人の愛人を残しており、ラブレターの翻訳を頼まれた。何とも甘い内容だが、最後に、「一緒に帰国して妻にするつもりだが、今のところ支那人、朝鮮人はよいが、日本人は許されないので待っててくれ」と。この手で、敗戦に打ちひしがれた日本婦人が大分だまされたのではないか。

 客車のほかに糧秣貨車が八輌付いている。二週間後には乗船するので、主計をきめて必要なだけ食べよという好条件。出発して一時間後、汽笛と共に急停車、逃亡者だ。カープでスピードの落ちた地点を見計って吉林在住者が飛び下りたらしい。十数名が四方に散って走り、歩哨が追跡する。満人がつかまえて金にしようと追いかける。自動小銃が鳴り四名は射殺。一名が捕まった。

 加藤大隊長と二人土手に登る。輸送指揮官が怒って、拳銃を加藤隊長に渡し、この兵隊を射殺しろと言う。隊長は困って髭を撫ぜている。自分はカラバエフを思い出し、隊長には、大声でビンタを取って下さい。兵隊には派手にひっくり返れと教えた。両方とも「死ぬ覚悟はあるか!」「はい、死にます…」と必死の演技。ソ連将校連はドギモを抜かれたらしく「今回だけは将校の良心に免じて許してやる」ということで納った。

 吉林から完全に離れると逃亡はなくなった。炊サンの関係上大きな駅では一晩止まることがある。千人に対し米俵18俵も分配するから食い切れぬ。これが後で大いに苦労する原因になるとは思わなかった。七日目頃図們《ともん=吉林省南部の中朝こ国境の街》へ着く。初めて駅前に出て各事毎に炊サンする。

驚いたことに、邦人の女や子供、赤ん坊を背ぶった人が、首から小さい箱をぶら下げて、スシや手巻煙草を売りに来ている。男は召集され、食べ物も無くなったので、不定期に来る列車に一箱十円の煙草などを売って何とか凌いでいる。

女は大抵ロスケに強姦され、若い娘は髪を刈って男になった。満洲にいる日本人は皆同じ。この冬をどう越していいのやら、貴方達は帰国するらしいが、出来たら兵隊さんのポケットに入ってでも帰りたいと泣く。植民地での敗戦は内地人には一寸想像がつかないだろう。

 輸送指揮官の中尉や下士官連が図們病院へ行くのに付き合う。病気はもちろん満洲でもらったもの。さすがに彼らも真剣だ。病院は省立で、医師、看護婦は全て日本人。病院に来ていた日本人のおばさんがスシを呉れた。商売用と思うと気の毒で喉に通らぬ。

帰途、カフェーのような処へ立ち寄った。厚化粧した日本女性が五、六人居て、ロシヤ人の相手をしている。入って行くと、軍服や階級章を懐かしがって取り巻き、どんな事があっても階級章を外すななどと口々に言う。

彼女らは駅に兵隊さんがいると知って、店を空にして出て来た。久し振りに華やかな姿を見て皆大騒ぎだ。髪を切って一緒に行きたいなどと言い出す。お互い先のことは皆目分からぬ。食糧の心配が無いだけでも我々軍人は恵まれているのか。

 十一月十七日朝、琿春《こんしゅん=吉林省南部中朝ロ国境の街》着。最初、みんなソ連の港街に着いたと思った。吉林出発の際、師道大学ラーゲリの所長の中佐が、二週間ほど国境に滞在の後、諸君らは帰国すると言明したことを思い出し、希望を持ち直す。琿春は四年前の夏、学院の勤労奉仕で働いた所だ。
                           (つづく)

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あんみつ姫

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