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Re: イレギュラー虜囚記

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あんみつ姫

通常 Re: イレギュラー虜囚記

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - | 投稿日時 2007/12/5 11:51
あんみつ姫  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 485
   ソ連軍が国境全正面で侵攻開始 - 開戦

 昭和20年8月9日 曇 
早朝、「日ソ開戦!起床!」との週番士官城所の声で飛び起きる。「いよいよきたか、死ぬ順番がちと早くなったようだ」と思う。非常呼集《突然の集合命令》で、官舎の軍属も次々に出勤してくる。
 通信室の傍受状況は、無線電話が増加した程度で、特に顕著な変化は見られず。

 午後よりの空襲を予期し、部隊本部屋上の櫓に対空監視哨を置き、衛兵《警備 取り締まり役の兵》増加配置。週番士官は日直制とす。遮光幕取り付け。
 第二中隊長田中大尉が中隊全員を集め、「俺は南方歴戦の勇士だ(註-戦闘機乗り。病後、情報隊勤務)。俺について来れば心配いらん」とえらく気合が入っている。
                       
 新京のラジオは、女のアナウンサーが「何という卑怯なソ連でしょう」と金切声をあげている。政府高官が協議を続けているとか。

 夕刻に近づくにつれ、9BA(沿海州ソ連第9航空軍)の通信が激増し生文、無線電話も活発化す。五月頃から昨日に至る無線封止が嘘のよう。電話は、「ムーリン上空重量五〇〇」「航空地図送れ」「探照燈を移動せよ」等さしたる情報なし。「パリマトリー」と呼名を連呼する女の声が耳に障る。前線基地を呼ぶのか。何が勝利(パリマ)の冠だと腹が立つ。

 8月10日 晴 暑  
通信状況昨夕と変わらず。9BAの暗号無線、生文《なまぶん=暗号を使わない平常語》無線電話しきり。敵機現れず、友軍機の姿も見えず、戦場末だ遠きにありの感。

 8月11日 晴 暑  
早朝より、東方牡丹江《ぼたんこう=中国東北部黒龍江省の街》上空に敵機多数現れ、急降下銃爆撃開始。我が方の反撃らしきもの一切見えず。早くも、ムーリン《牡丹江の北東にある町》が突破され、敵戦車部隊牡丹江近辺に接近中との情報あり。

 本日昼すぎ、初めて敵3機編隊海林上空に侵入、駅中心に銃爆撃を反復。敵機の色真黒にてカラスに似たり。翼下から白煙をシゥーと吐きつつロケット弾が東満殖産の味噌工場に命中し、忽ち炎上。敵機は専ら海林を集中攻撃し、我が方に来らず、全員状況を十分に観測す。

 本日敵機終日牡丹江上空を乱舞。我が隊の所在する飛行場地区に、航空士官学校分校あり。赤トンボ20余機保有しあるも航空戦力たり得ず。夕闇を待ち、老黒山上空で編隊を組み敦化《中国吉林省延辺朝鮮自治区の町》方面へ撤退。

 甲系電話(註-直通普通電話)新京本部に通ぜず。無線を連続送信するも応答なし。情報を収集しても報告手段なく孤立感深まる。
(註 後で知ったが、新京本部は家族の後退、本部の移動準備などに忙殺され、その後、出先各隊に何等の指示、連絡もせず一挙に旅順まで撤退したとのことである)。

 焼却炉と兵舎の全ペーチカ《ロシア風暖炉》で重要書類の焼却を始む。全員汗びっしょりになるも書類量厖大のため作業進まず。

 夕暮れになっても、牡丹江上空の敵機は、ほぼ40分間隔で5~6機づつ攻撃を続ける。夜空に火焔映える。敵航空基地の所在は、時間間隔でも、通信傍受でも判然としない。

 田中隊長と武藤少尉牡丹江東郊の掖河《えきが=牡丹江から北方1キロの町》兵器廠から帰隊。軽機《軽機関銃》、小銃、拳銃、軍刀、手榴弾等多数受領し来たる。掖河東岸地区の磨力石附近にて敵戦車と激戦中の由。

 部隊前の道路上は撤退部隊の車両、輜重車《しちょうしゃ=食料弾薬等を運搬する車》で大混雑。撤退貨物列車も次々に見え、機関車のみ連続汽笛を鳴らして、全速力で牡丹江へ逆行する。
                         (つづく)

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あんみつ姫

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