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Re: イレギュラー虜囚記

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あんみつ姫

通常 Re: イレギュラー虜囚記

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - | 投稿日時 2007/12/6 23:04
あんみつ姫  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 485
  玉音放送に呆然 - 出陣式でドンチャン騒ぎ

 8月15日 晴 暑気強し  
午前中軽機の射撃訓練。K軍曹急性盲腸炎を発す。海林市内で、後退中の野戦病院に出合い引き渡す。昨夜の点呼時行方不明となっていた中村隊の初年兵二人、市内の朝鮮人宅で発見。
昭和生れの兵隊はロクでもないと古兵たち憤慨。他中隊の兵のことなので立ち入らぬこととす。

 11時頃、地区司令部より通知。本日正午重大放送あり必ず聞くべしと。ラジオは三日前処分したので受信機の調整を行い、正午二分前漸く完了。拡声器に接続。

 全員営庭に整列。中隊長三人、レシーバーを耳に当てる。雑音が多くて聞き取り難いが、隊長によれば、陛下の直接の放送とのこと。
 君ケ代に続き、陛下の低い声が流れる。言葉のアヤが分からぬ。
暑さ厳しく、牡丹江方面の爆発音が地鳴りを伝える。幸い敵機の来襲なし。

 最後の時がきたので一層奮励せよとの意味に解していたが、アナウンサーの声の調子や閣僚が陛下の御意に泣いたとか様子がおかしい。レシーバーで聞いている隊長を見ると涙を流している。
田中隊長が将校集合を命じ、日本は降伏したと言って涙で声も出ない。
一同呆然。眼前の大道がガラガラと崩れてハタと行き詰まった感じ。敵が目の前に迫っているのに、後ろの方で突然や~めたと言われても困るではないか、こんなことなら何故戦争など始めちまったのかと腹も立つ。

 全員解散となったが、皆放心したように動かない。やがて一人が歩きだすと一同バラバラになって兵舎に入って行った。
 将校のみ将校室に集合。六人黙然《もくぜん=何も言わず黙っている》。喜野少佐が机をどんと叩いて、「国体護持《注》だ。山に入って最後まで戦うが、一旦新京本部に至り爾後の指示を俟つ」と決定。

直ちに自動車行軍の準備に入る。しかし、兵、軍属とも落胆、連日の疲労も重なり動き極めて鈍し。数日来様子のおかしかった老軍属が発狂、軍刀を抜いて暴れる。

 昨日、五軍司令部へ連絡に行った武藤少尉が帰隊しない。途中での負傷を心配する。田中隊長がサイドカーに軽機を載せ、石田軍曹と五軍へ行く。トラック1両同行。

 午後四時すぎ、田中隊長帰営。「おい、降伏はデマ放送だ。五軍参謀部は洞穴に入り敢闘中だ。我々も第一線に斬込みに出る。元気を出せ!」という。一同ポカンとして隊長の顔を見ている。「何をぼんやりしている。出動準備だ」。デマとしては手が込み過ぎ、真実とすればデマというのは陛下への冒涜《ぼうどく=神聖や尊厳なものや清純なものを汚す》

 しかし命令は命令で止むなし。喜野少佐の方針が簡単に覆った。
軍属はどう思っているのか些か心配。Y准尉が来て、「あの隊長と行動を共に出来ません。兵隊一同もそうですよ」と、暗に思い直すよう進言して欲しいと言わんばかり。
「何をいうか、お前達がなめていた幹侯上りの俺でも決心したんだ。十年余りも軍隊のメシを食って今更何だ。帰れ」と追い返す。

 出動準備捗らず。幾ら怒鳴っても状況の激変と斬込みと疲労が重なって身体が動かないようだ。敵機が我々の慌しい動きを察知したか猛烈と銃撃を加えてきた。喜野隊の石田少尉以下八名、トラックで新京本部へ情況報告に向かう。無事行き着けるか。

 午後六時前、漸く準備完了。出陣式。東方遥拝。田中隊長が「俺が負傷したら、構わず射殺して貴官が中隊の指拝を執れ」と言う。
先任将校の武藤少尉未だ還らず。厄介なことだと思いつつ、一発で処置するにはコメカミを射つことだなどと考える。

 式後、ビール、酒、握り飯、甘味品で祝宴。兵舎はヤケ気味のドンチチャン騒ぎ。牡丹江方面の爆発音、海林の大火災、ドラム缶の爆発飛散等、すべて一挙に燃え上がった感じ。 残った通信機、方向探知機、私物等ガソリンをぶっかけて火をつける。

下着をはじめ、総て新品に着替え軍袴のみ冬用を着す。夏袴に財布を入れたまま火に投げ込んで、しまったと思ったが、斬込みに銭は不用と諦める。

 衛門前に車両整列し全員乗車。先頭は喜野、田中両隊長のオープンカー。続いて一情中《第一情報中隊》、中村隊、二情中《第二情報中隊》の隊列で、第二小隊の自分のボロ車両が22名で最後尾。中村隊にはバスが一台交じっていてエンジンの調子が良くない。

兵舎全体の窓から焔が吹き出して立ち木に移る。車上の連中が「熱いから少し前に出て下さい」と叫んでいる中に先頭車が前進開始。全車7両。

 行軍中、奉公袋を下げた朝鮮人20名ほどと行き交う。万歳と見送ってくれる。戦争は終わったと伝えたが、兎に角入営を指示された部隊まで行きますと元気に去って行った。拉古《らこ=黒龍江省海林市の町》手前の丘で小休止。

牡丹江市街の焔が直接見える。掖河方面で噴火のような太い火柱が吹き上っている。炎が立ち上るごとに地鳴りが伝わってくる。兵器廠の処分らしい。

真暗な道端で腰を下していると、カリン糖を半紙で包んで、どうぞと持って来てくれた兵隊がいる。死に行くのにどういう心境で半紙まで持ってきたのか不思議に思う。夜露が冷たい。カリン糖をかじりながら、夜の暗闇の中で死ぬのはご免、明るい太陽の下でなどと考える。

 前進開始。後退部隊、輜重馬匹、弾薬車、トラックなどで道路は大混雑。銃も無く放心したような二~三人づつの兵隊がヘッドライトの明りの中をバラバラに退ってくる。上衣の無いのもいる。前線の壊滅部隊の兵隊だろう。
将校がやられると、兵隊は遊兵《統制の取れないき気儘な兵》となって四散するらしい。何故前進するのかと不審そうに見ている奴もいる。

 漸く拉古病馬廠前に到着。先頭車が営内に入る。衛兵所はロウソクを立てて立哨中。営内はトラック、後退兵で満杯。悪臭を発している食いかけの食器が散らばった内務班《古参兵と新兵とで構成される生活単位》の一つに入り休息。

兵は分隊長に続け、分隊長は俺を見失うな、連絡兵を一名づつ差出せと命令する。後は出たとこ勝負。これ以外に戦闘要領なし。ただ、この辺一帯は昨年の五月から十二月までの幹部教育隊の演習地であり、地形については充分承知している。

一時間ほどして田中隊長より達しあり。「正門前で五軍司令部に出合った。参謀から、第一線は此処だからもう前に出るな。司令部と行動を共にせよ。横道河子で抵抗線を敷く、と命ぜられた。
本日は現在地で宿泊。騒音と人の出入り、地響きなどあるも、気が抜けて全員すぐ眠りにつく。
                           (つづく)

注 国の体面を護り天皇を理論的精神的 政治的によりどころとする国のあり方を護る

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あんみつ姫

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