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Re: イレギュラー虜囚記

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あんみつ姫

通常 Re: イレギュラー虜囚記

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - | 投稿日時 2007/12/6 23:15
あんみつ姫  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 485
我々の前進が遅れたため、田中隊長と大島屬が様子を見に来た。他の車両は修理を終って既に前進し、我々の車が最後尾にとり残されたらしい。

 急ぎ出発準備完了。隊長は運転席に、自分は荷台右側先頭のドラム缶に座る。暑いので全員上衣を脱ぐ。エンジン快調、路上に車が出た瞬間、後方から三機の掃射がきた。出発に気を取られ完全な不意打ちを喰らった。

ドラム缶に挟まった軍刀が取れず、右側斜面に飛び降りるのがやっと。掃射の間を縫って匍匐で少しずつ車から離れる。草が深いのが幸い。ピッタリ伏せていても、機関砲弾がブッブッと頭上を掠めると、上衣が持ち上がるような気がする。当たるとすれば脚にという感じがするのは何故か。

車が被弾してエンジンから出火。火は荷台に移る。船田軍曹が燃える車に飛び乗って小銃、雑嚢《身の回り品を納める布製のカバン》を投げ下ろす。「弾薬に火が入るからやめろ」と呼びかけても「あと少しです」と頑張り、やっと飛び下りた途端、十加砲弾《口径が10センチの砲弾》が爆発。弾薬箱の小銃弾が四方にハネ飛ぶ。銃撃より仕末が悪い。

 車を迂回して、所定の退避凹地へ行くと、衛藤伍長が血塗れで倒れており、有馬兵長が手当てをしている。衛藤の胸と腹の問の左寄りに、ポツンと紅い弾痕が見えるが、出血は無い。背中には二銭銅貨大の穴があって出血がひどい。線路寄り二〇〇米の地点に展開中
の歩兵内攻班にソ連軍と誤認され、「友軍だ」と叫ぶ間もなく腰だめ射撃で射たれたと。

射ったのは鉄縁の眼鏡をかけた細長い一等兵。顔は土気色。我が方の兵隊は「殺してしまえ」といきり立つ。田中隊長が、敵機にやられたことにするから隊に帰って報告しろと言っても、件の兵は中々退らず、自分もこの伍長殿と一緒に死にますと、衛藤に並んで横たわる。隊長と二人で宥めすかしてやっと帰らせた。
庄司雇員を線路伝いに本隊へ報告に出す。

 燃える車の爆発が激しいので、敵機は戦車か弾薬車と見たらしく、またまた猛烈に襲撃してくる。その都度、衛藤を寝かせたまま全員凹地へ退避。早く野戦病院へと思い、道路際まで皆で抱えて移す。

腕章を巻いた衛生兵が通りかかって、エソ予防の注射をし、包帯を交換してくれた。横道河子方面へ行く車を停めて、重傷者を乗せろと頼んでも、どの車も作戦命令で動いているので駄目ですと取り合わない。

 間もなく、軍医が三人、煙草を喫いながら歩いて来たので衛藤を診てもらったが、傷口を一瞥して、こりゃいかん、あと二時間も保たんと言って、「胸腹部浸透性貫通銃創戦死」 と書いた死亡診断書をくれた。野戦病院へ送っても無駄だという。

衛藤の眼が黄色く濁って、額が氷のように冷たくなってきた。やがて細い声で「ロスケ《ロシア兵(蔑んだ言い方》を殺さずに死ぬのは残念です。天皇陛下万歳」と呟いてこと切れた。

俺は果たしてこんな立派な死に方ができるかと思う。衛藤は、日本兵に射たれたことについて一言もいわなかった。立派だ。

 衛藤は死んだが、何としても野戦病院まで運び、丁重に葬ってやりたい。銃を縛り合わせて担架を作る。夕闇が迫ってきた。我々の車は骨組みだけになってチロチロ燃えている。敵機は未だ執拗に横道河子市街を掃射中。プロペラの中心から、赤い点線がスースーと
地上に吸い込まれるのが見える。

 道路上に衛藤を担ぎ出したら、横道河子方向へ行く挽馬輜重隊《馬で輜重車を引く隊》が通りかかった。最後尾の輜重車に、重傷者と偽って乗せてもらい、ムシロを被せる。車両が揺れても坤き声も立てないので、初年兵らしい馭兵《ぎょへい=馬を操る兵》が我慢強い兵隊さんだと感心している。

夜の路上はバラバラになって退却してくる兵、逆行するトラック、満人や馬の死体、ロウソクをともした何かの衛兵所、速歩の連絡兵など結構賑やか。
                          (つづく)

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あんみつ姫

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