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あんみつ姫

通常 Re: イレギュラー虜囚記

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2007/12/7 22:02
あんみつ姫  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 485
   ソ連赤軍と初顔合わせ

 8月18日 晴  
5時かっきりに眠が覚める。霧が深い。握り飯を頬張りながら出発。糧秣廠には鮭の缶詰梱包が山積みしてあり、一梱貰おうと交渉したが、係の見習士官はロクに返事もせず、兵を指揮して梱包を山陰に隠している。任務か何か知らぬが、融通の利かぬ石頭。

なるべく早く横道河子を遠ざかること。霧が少しずつ晴れる。歩度を伸ばす。道路上に、藍色の満服を着た満人が汚いフトンを背負ったまま点々とひっくり返っている。機銃掃射を受けても、道路外に退避することを知らず、そのまま走るのでよい目標になる。

四、五人固まって腸が流れ出したり、足が千切れたりしたのが、血糊の中で「アイヤ アイヤ」と坤いている。ザクロのように裂けた水筒が、木の枝に引っかかっているが、兵隊の姿は見えぬ。あたり一面に、三〇粍機関砲弾が散乱している。

 やがて、昨日やられた我が車の所まできた。タイヤが未だブスブス燃えている。積んでいた南瓜が甘く焼けごろで賞味する。散乱した小銃弾や手榴弾をできるだけ集める。自分の軍刀はグニャグニャ。金子雇員の軍刀を借りる。柄が半分焼けているが一応様になる。上衣、図嚢《ずのう=地図などを入れる皮製のカバン》、双眼鏡も焼け、残ったのは腰の拳銃と鉄帽のみ。

 歩哨線にきた。隊長が月岡参謀の言を傳える。証明書を要求しそうだったが、将校二名の部隊行動だったので通してくれた。第二線も通過。歩度を速める。横道河子から一つハルビン寄りの駅の手前で山の斜面を上る。畑の馬鈴薯を焼いて食う。

大島属が道路に下りて、通過中の部隊から牛缶と干麺包を貰ってきた。後退する部隊もときどきあり、我々同様特別許可を得たのか。日中は暑いので夜行軍と決め、全員畑の中で昼寝。ヒマワリの葉を偽装兼日除けとし、手拭を顔にかけてコンコンと眠る。五軍が降伏したか、ソ連機は飛ばなくなった。

 陽が山陰に入った頃行軍開始。涼しい中をどんどん歩く。通がまた山にかかる。清水が流れている処で小休止。顔を洗い、水筒に水を満たして、出発しようとしたところ、後方から轟々たる車両の響きが伝わってきた。エンジンの音に底力があり、少なくとも二、三十両がくるもよう。やがて先頭車が曲り角から姿を現した。

車高が低く幅の広い無蓋の指揮車、ロシア人が乗っている。二両目はホロをかけた無線車らしき車、続いて四角張った、がっしりした十輪車が火砲を牽引して続々と姿を現す。総て濃い緑色の塗装で、砲車は太いタイヤ。トラックに乗っているのは皆子供っぽい顔をしたのや年寄りばかりでヨレヨレの服を着て、寝そべっているのもいる。

ハテ何者か、白系露人で編成した浅野部隊かと思ったが装備が良過ぎる。車体にスターリンのヒゲ面を掛けているのがあって、こりゃソ連軍だ!と一瞬緊張し、中には雑嚢の中の手榴弾をつかんでいる者もある。

田中隊長が軍刀の柄を振ってう~むと唸る。もし奴らが自動小銃を向けたら斬り込みだが、五軍が降伏したので尖兵《本隊に先駆けて偵察する部隊》部隊として入ってきたのだろう。こちらから仕掛けなければ、ロシア人のことだ、何もしないだろうと考える。
事実、茫然と立っている我々の前を通り過ぎながら、ニコニコ笑っているのもおれば、手を振っている奴もいる。大して敵愾心《てきがいしん=相手にたいする憤りや闘争心》もないようす。

「ハルビンを占領する」と白墨で殴り書きした車もある。「お前ら白系か赤軍か」と大声でロシア語で聞いたら、「赤軍だ」の返事。いよいよ確かに赤軍の先鋒だ。田中隊長に「こちらから手出ししなければロシア人の性格として、小うるさいことは言いません。煙草でもすいながら、どんどん通ってしまいましょう」と進言する。

学院、ハルビンのお陰で、ロシア人に親密感を持っていたことが、爾後の行動決定に大いに役立ったと思う。

ソ連側の行進が止まったので、我々は銃を担いで車の横を通る。無線車の処まで来たら、何時の問にか友軍のニッサン車がおり、荷台に将校が立っている。五軍の案内将校と思って、「このソ連軍はハルビンに行くのですか」と聞いたら、その将校は、一体、このロシア人は何ですか。此処で自分の車が止まっていたら突然やってきて挟まれた。一体こりゃ何ですか」とびっくりしている。何も知らないらしい。

「日本は降伏しました。こりゃ赤軍ですぜ」と言うや否や、この将校大慌てで私物の行李をあっちにやったりこっちにやったりオタオタしだした。「おとなしくしてりゃロシア人は何もしませんよ」と教える。

先頭の指揮車(註-米国授助のジープ、ソ連軍はウィリスと呼んでいた。大型トラックはスチュードベーカー、ソ連軍ではスツッドベッケル)から金ピカ肩章の将校が降りて指揮し、10人はどの兵が道路を横切っている溝の丸太補強中。

無線車から赤いベレー、赤いスカート、黒長靴の女兵が数人出て来たのには驚いた。ソ連軍め、独ソ戦で若い兵隊がやられて、女子供ロートル《老人》ばかり使ってやがる。こんな奴らに負けるとは、と思ったが、装備の立派さには敵わぬ。

女兵士は谷の方へ下りて行った。小用でも足すのだろう。我々が行くと作業をやめて通してくれた。スパシーボ《露語でありがとう》と礼を言ったらニヤニヤ笑っていた。急いで山道の勾配を上る。

 道の両側にトラックを止めて、飯を食っている日本兵がいる。「赤軍が来るが、抵抗しなければ大丈夫。日本は降伏した」と知らせつつ前進。ポカンとしている奴、知らん顔で飯を食い続けている奴、一目散で山へ逃げ込む奴などさまざまだ。道路が次第に悪くなり、遺棄車両の数が増す。

山の中腹で、遂に八三二四部隊の車を発見。我が中隊の武藤車だ。何か連絡事項でもと車の中を探すが何もなし。被甲《ひこう=敵弾から身を護る防御板》を全部残してあるところを見ると、本隊も軽装で徒歩行軍に移ったらしい。本隊近しと歩度を伸ばす。山中の道は上下し、泥渾(ぬか)るむ。放棄車両の数が急増する。満鉄の車の干メンポをごっそり頂戴する。

遂に、喜野少佐の乗用車を発見。梅干しの樽も干メンポもある。井川運転手に調べさせたらすぐエンジンがかかった。全員鈴なりになって前進しようとしたら、何処からか日本軍将校が走って来て、我々の車だと言う。

八三二四の車だ。俺達は八三二四だと一本やり込めた積りでいたが、「いや、エ.ンジンは私共で取り替えてやっと走れるようにした」と譲らない。掖河の兵器廠の技術将校らしい。止むなく徒歩行軍に移る。

途中の小さい沼に、鉄帽、各自一発だけ残して、全員の手榴弾を沈める。発火させて一発ぶち込みたくなったが、大きな音で騒ぎが起きてもと諦める。夜十時過ぎ、山越えを終わり平坦地に出る。道路は浜綏線と平行している。

夜行軍は歩度が早くなり勝ちなので、40分に20分の小休止とする。それでも皆疲れが出て黙々と歩く。午前一時頃部落に着く。灯火のある家で支那語のできる山本雇員が聞くと、ヤプロニー《ハルピンから東南の黒龍江省の街》まで六里くらいとのこと。犬の遠吠えだけ。月が昇り、あたりはほんのりと明るくなった。
                              (つづく)

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あんみつ姫

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