Re: イレギュラー虜囚記
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イレギュラー虜囚記(その1) (あんみつ姫, 2007/12/5 11:36)
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あんみつ姫
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田中隊長と二人で駅長室に入る。大きな部屋の真申にテーブルを据え、肘掛椅子に赤軍の中佐が坐り、傍らに神経質そうなソ連の通訳将校がいる。我々は八三二四部隊の者で、本部が新京にあるから新京へ行かせよと直接ロシヤ語で申し入れた。
中佐は、いきなりドンとテーブルを叩いて「いかん」とひと言。「何故か」と当方。「新京には日本軍はいない。お前達が行っても本部には会えない。ここでラーゲリに入るのだ」と、酔っているのか眞赤な顔で怒鳴る。
人相の良くない大男だ。通訳の少尉らしいのがマジマジとこっちの顔を見ている。
日本人の駅長が部屋の隅の椅子にチョコンと坐っていて、ロスが呼ぶとピョコピョコ頭を下げながら出てくる。ますます癪に障る。
そもそもラーゲリとは何事か。囚人の強制労働収容所ではないか。なんで働かされなければならんのか。我々は天皇陛下の命令で矛を納め戦闘を中止した。命令があれば再度戦うつもりだというのが偽らざる心境であり、ましてや捕虜扱いされるとは夢にも思わなかった。
捕虜とは、戦闘中に捕われるか、武器を捨てて投降した者のことで我々とは無関係、あくまでロスとは対等だと憤慨しながら部屋を出た。
ロスの将校か下士官らしいのが馴れ馴れしく肩を叩いて、「まあ一寸待て、悪いようにはしない。今、案内するよ」と言って先に立つ。付いて行こうとすると「こら、それはどこの部屋の者か」と日本人の声がする。
振り返ってみると、日本軍のがっしりした大佐とソ連軍のアバタ面の少佐が木箱に坐っている。はあ、近歩一《近衛歩兵一連隊》の連隊長かと、まづは敬礼して、しかじかと理由を述べる。
「馬鹿、そんな連中に付いて行ったらどうなるか分からんぞ。慎重に振舞え」と怒鳴る。こっちはロシヤ語が分るんだと思ったが、ソ軍の将校には断った。当時はまだソ連軍の言語に絶する掠奪の実態を知らなかったので、危ういところで助かったのかも知れぬ。
「では大佐殿の指揮下に入れて下さい」と頼むと、迷惑そうな顔で「俺もこんな有様で、何とも世話は出来ん。君ら新京に行きたいなら行けばいい」と厄介払いをくわせるつもり。
ロシヤ語の分る便利な男がいるのも知らずにと、隊長と二人で上級将校の無責任さに腹を立てつつ隊の連中のところへ帰る。
暗い夜空から雨が降りだした。あたりは人糞だらけで、うっかり階段下などに雨宿りは出来ぬ。闇に紛れて貨車で脱出と決めて、アンベラを掻っ払って全員近くの貨車に潜り込み扉を閉めた。
横になって雨音を聞きながらうとうとしていると、夜中にゴトリと貨車が動いて移動する様子。しめたと思ったが、どうやら逆方向だ。速度が上がって降りるに降りられぬ。諦めて皆眠ってしまった。
明方やっと停車、扉を開けて首を出すと、満人の駅員が走ってきて「兵隊さん、貨車に乗っちゃ困ります。列車が来ますので、それに乗って吉林へ行って下さい」と言う。客車に乗換え昼過ぎ吉林へ帰ってきた。
日本兵を満載した二本目の通化からの列車が着いている。全員新品の軍服を着用。米俵、酒等の物品が各車に山積。我が方は、パイメンの麻袋を担いだの、樽を抱えている奴、焼け焦げの軍刀をプラ下げている将校など。
晴着を着た兵隊が、前線からの我々勇士?を貨車の上から見下ろしている。
到着したのが八〇〇部隊(第二航空軍)隷下の飛行場大隊と分ったので、我々も八〇〇管下でこれに合流すべし思ったが、もう一度交渉だと思い直して再度駅長室の中佐のところへ行った。
貨車に乗ったら逆に動き出したので舞い戻ってきた。新京へ行きたいと切り出したら、中佐は立ち上がって「お前らは俺の命令に服従せんつもりか。昨夜ラーゲリに入れと命じたろ。今日はもう逃さん。さっき到着した部隊と一緒になれ」と怒る。
貨車に乗って逃げるつもりだったろうと睨むので、雨が降り出して兵隊が濡れるからと答えると、「日本兵は雨が怖いのか」とまたまたテーブルをドシン。万事休す。
合流予定の列車に行くと、後尾に三等寝台車が付いていて、将校とその家族が乗っている。田中隊長が青木中佐という輸送指揮官に話をつけて、最後尾の車掌車に全員収まった。
(イレギュラー虜囚記(その2)に つづく)
中佐は、いきなりドンとテーブルを叩いて「いかん」とひと言。「何故か」と当方。「新京には日本軍はいない。お前達が行っても本部には会えない。ここでラーゲリに入るのだ」と、酔っているのか眞赤な顔で怒鳴る。
人相の良くない大男だ。通訳の少尉らしいのがマジマジとこっちの顔を見ている。
日本人の駅長が部屋の隅の椅子にチョコンと坐っていて、ロスが呼ぶとピョコピョコ頭を下げながら出てくる。ますます癪に障る。
そもそもラーゲリとは何事か。囚人の強制労働収容所ではないか。なんで働かされなければならんのか。我々は天皇陛下の命令で矛を納め戦闘を中止した。命令があれば再度戦うつもりだというのが偽らざる心境であり、ましてや捕虜扱いされるとは夢にも思わなかった。
捕虜とは、戦闘中に捕われるか、武器を捨てて投降した者のことで我々とは無関係、あくまでロスとは対等だと憤慨しながら部屋を出た。
ロスの将校か下士官らしいのが馴れ馴れしく肩を叩いて、「まあ一寸待て、悪いようにはしない。今、案内するよ」と言って先に立つ。付いて行こうとすると「こら、それはどこの部屋の者か」と日本人の声がする。
振り返ってみると、日本軍のがっしりした大佐とソ連軍のアバタ面の少佐が木箱に坐っている。はあ、近歩一《近衛歩兵一連隊》の連隊長かと、まづは敬礼して、しかじかと理由を述べる。
「馬鹿、そんな連中に付いて行ったらどうなるか分からんぞ。慎重に振舞え」と怒鳴る。こっちはロシヤ語が分るんだと思ったが、ソ軍の将校には断った。当時はまだソ連軍の言語に絶する掠奪の実態を知らなかったので、危ういところで助かったのかも知れぬ。
「では大佐殿の指揮下に入れて下さい」と頼むと、迷惑そうな顔で「俺もこんな有様で、何とも世話は出来ん。君ら新京に行きたいなら行けばいい」と厄介払いをくわせるつもり。
ロシヤ語の分る便利な男がいるのも知らずにと、隊長と二人で上級将校の無責任さに腹を立てつつ隊の連中のところへ帰る。
暗い夜空から雨が降りだした。あたりは人糞だらけで、うっかり階段下などに雨宿りは出来ぬ。闇に紛れて貨車で脱出と決めて、アンベラを掻っ払って全員近くの貨車に潜り込み扉を閉めた。
横になって雨音を聞きながらうとうとしていると、夜中にゴトリと貨車が動いて移動する様子。しめたと思ったが、どうやら逆方向だ。速度が上がって降りるに降りられぬ。諦めて皆眠ってしまった。
明方やっと停車、扉を開けて首を出すと、満人の駅員が走ってきて「兵隊さん、貨車に乗っちゃ困ります。列車が来ますので、それに乗って吉林へ行って下さい」と言う。客車に乗換え昼過ぎ吉林へ帰ってきた。
日本兵を満載した二本目の通化からの列車が着いている。全員新品の軍服を着用。米俵、酒等の物品が各車に山積。我が方は、パイメンの麻袋を担いだの、樽を抱えている奴、焼け焦げの軍刀をプラ下げている将校など。
晴着を着た兵隊が、前線からの我々勇士?を貨車の上から見下ろしている。
到着したのが八〇〇部隊(第二航空軍)隷下の飛行場大隊と分ったので、我々も八〇〇管下でこれに合流すべし思ったが、もう一度交渉だと思い直して再度駅長室の中佐のところへ行った。
貨車に乗ったら逆に動き出したので舞い戻ってきた。新京へ行きたいと切り出したら、中佐は立ち上がって「お前らは俺の命令に服従せんつもりか。昨夜ラーゲリに入れと命じたろ。今日はもう逃さん。さっき到着した部隊と一緒になれ」と怒る。
貨車に乗って逃げるつもりだったろうと睨むので、雨が降り出して兵隊が濡れるからと答えると、「日本兵は雨が怖いのか」とまたまたテーブルをドシン。万事休す。
合流予定の列車に行くと、後尾に三等寝台車が付いていて、将校とその家族が乗っている。田中隊長が青木中佐という輸送指揮官に話をつけて、最後尾の車掌車に全員収まった。
(イレギュラー虜囚記(その2)に つづく)
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あんみつ姫