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あんみつ姫

通常 Re: イレギュラー虜囚記

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2007/12/7 22:18
あんみつ姫  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 485
    健気だった秋田開拓団本部

 翌朝、ここの住民と顔を合わせてはまずいと思い早々に立退くも、五分余りで二〇人程の日本人に出会い、ご苦労様ですと挨拶されドギマギする。今日の道路は良好。途中の部落で蜂蜜やカボチャ煮を馳走になる。十五戸に男は二人。女と小さい子供では動きはとれまい。

 昼すぎ、秋田開拓団本部へ到着。立派な厩舎や干草倉庫、小学校は授業中で元気な子供達の声が聞える。昇降口で休憩していたら、紫の袴をキチンと着けた若い奇麗な女の先生が芋ヨウカンとお茶を出してくれた。当分授業を続けるとキッパリ。健気、立派。

 開拓団長に会う。「まあゆっくり休んでゆけ。食べ物は都合する」と親切。新京では日本人の商店も開いているとのことなので、入植者も各部落へ帰った。近所の満人にやった衣服や家具も八割方返ってきたという。良い付き合いをしていたようだ。

 小学校の寄宿舎の四部屋が割り当てられ、馬鈴薯と血の滴る馬肉をどっさり呉れた。各部屋は兵隊で一杯。一体どれほどの兵隊が世話になったことか。軍人は戦時でも平時でも地方人に苦労をかける存在か。

 翌早朝出発、好天気。山道もなだらか。ハイキング気分。昼すぎ、盆地にある開拓団に着く。家の前に鶏が遊び、蓆に何か干してある。地形も家の形も内地の農村そっくり。

子供を抱いたおかみさん達が出てきて、お茶や食べ物を振舞ってくれた。主人は皆兵隊に出たという。兵隊さんご苦労様とねぎらわれて返事に窮する。

 日がカンカンと照って暑さが厳しい。大きな橋の袂で満人の真瓜売りに新品靴下と交換を申し入れたが不要(プヤオ)と首を振る。それではと拳銃を二、三発射って見せたが一向に驚かぬ。そのち小孩(ショーハイ)が大勢出て来て薬莢を拾う。当方拍子抜け。間もなく小孩達が水や胡瓜を持ってきてくれた。干メンポと金平糖をやる。

夕方着いた満人部落で、馬車を雇って小銃や装具の運搬を頼もうとしたが、警戒して取り合わぬ。止むなく軒下の薪に拳銃を三発射ち込んで交渉成立。隣の小山子まで襦袢袴下《シャツとズボン下-》と靴下二足が条件。夜九時小山子着。相当大きな満人部落。送ってくれた満人は今夜ここで泊まる由。

 街中は暗いが、賑やかな歌声も聞える。満人が五~六名集まってきたが、日本語、満語のうまい朝鮮人がいて、屯長が武装した日本兵が乱暴しないか心配している。宿舎は警察署跡に入ってくれと言う。部落中央の火の見櫓のある小さい建物。中はガラン洞。すぐ歩哨を立て厳重に警戒する。

先刻の朝鮮人の斡旋で靴下二足と襦袢一枚で煮豆と粟飯をたっぷりはこんでくれた。手持ちのロウソクをたてて休息。部落内は落着いたようだが、不気味な感じがするので、ときどき起きて歩哨に異常の有無を確かめる。

 翌日も朝から強い照り。一山越えて龍鎮《中国吉林省の街》という街に入る。例によって全戸満地紅旗《まんじこうき=中華民国の旗》。満人がジロジロ。偶然見付かった日本人の白酒(パイチュウ)工場で小休止。主人はあくまでここで頑張ると頗る元気。無事を祈ってすぐ出発。

小山を一つ越えたら約十粁程先に鉄道と五常の大きな街が見えた。汗びっしょりで五常に入る。街中青天白日旗。露天がずらりと並び、人通りも多い。日本人の小母さんが困った人達が来たと言わんばかりに顔を背ける。武装しているのがいけないのか。立ち止まって見ている満人もいる。

五常駅前の満鉄社宅街で小休止。皆親切で子供達が冷たい水やお茶をくれる。待っていればご飯も炊いてあげると言う。これ以上世話になるのも心苦しく有難うと辞退。子供達が遊びに寄って来る。平和だ。

 程なく満服を着た年配の日本人が二人来て「貴方方はどこから来たのか、武器を持っていると満人がうるさい。我々日本人居留民も困る」と早く出て行けと言わんばかり。情けないが、もっともなことと直ぐ立って駅に行き、日本人の駅長に頼んで横内の二等車に泊めてもらうことになった。

座席のシートが全部剥がれているが、結構な宿舎だ。満鉄青年隊の若い人が芳香という煙草をどっさり呉れ、間もなく黄粉を塗った握り飯をザルl杯差入れてくれた。しつかり満洲に根を張っている人々は何かにつけて親切である。

夕方凄い夕立があった。人々のいないうちに、各人十五発を残して余分の弾薬を土中に埋めた。雨中を有田、大島等気の利く連中が街に出て被服や靴下を売り、粟や野菜を仕入れてきた。連日の雨でレンズの曇った自分の双眼鏡も百円で売れた由。

 ハルビンから毎日列車が来るというので、翌日午後駅長に頼んで乗込んだ。貨客混合列車で乗客は満人ばかり。発車後間もなく、満服を着た日本人が三名我々のところに来た。彼等は下士官でハルビンに居たとか。

ソ連軍が入って、駐屯部隊は全て武装解除され一ヵ所に集められている。関東軍倉庫から満人が膨大な量の米を持去る。道路はこぼれ米で真白とか。我々の新京行きを知って、新京では関東軍司令部にソ連軍が入ったから、朝鮮へ抜けた方がいいと勧める。

吉林では参謀が参謀肩章を吊ったまま米俵を担がされて街中を引き回された。吉林では銃殺が多く、治安は極めて悪いとの噂もあるとか。彼等三人は永年満洲にいて満人の生活に馴れているのでゲリラ戦をやるつもり。小銃と弾薬が欲しいと言う。なかなか張り切った連中だ。兵器を分けてやると列車のスピードが落ちた頃を見計らって飛び降り、山の方へ駆けて行った。
隊員連中は初めていろいろなニュースを聞いて落ち着かぬ様子。

 朝鮮へ行きたいのもいる。新京へ行くには吉林を通らねばならぬ。それが心配というのもいる。「我々は新京へ行く。オタオタするな」と言い聞かせて眠ってしまった。田中隊長も眠っている。将校が心配をしていては収拾がつかなくなる。

暫くすると揺すり起された。車内を警乗らしいロシア兵が歩いているという。サーベルを吊って青天白日記章を帽子に付けた若いロシア人が廻ってきた。白系らしいが、こんな時にロシア人の顔を見るのは気持ちが良くない。

「俺達は新京へ行くつもりだが、どうだ」と拳銃をさすりながらロシア語で聞いてみた。相手は平気でパジャールスタ《露語どういたしまして》と言う。「君は一体何者だ。白系だろう」とやや安心して聞く。

「そう、ハルビンの治安維持会で雇われて列車の警乗をやっている。赤軍とは関係ない」「ハルビンの白系はどうしている」「別に変わったことはない。ニチエボーだ」「朝鮮に行く方がいいと聞いたがどうか」「僕は初めてこの辺に来たのでよく知らぬ。しかし何か用があったら言ってくれ」となかなか親切だ。まさか次の駅で我々についての報告をすることもないだろう。

                          (つづく)

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あんみつ姫

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