Re: イレギュラー虜囚記
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イレギュラー虜囚記(その1) (あんみつ姫, 2007/12/5 11:36)
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Re: イレギュラー虜囚記 (あんみつ姫, 2007/12/5 11:39)
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Re: イレギュラー虜囚記 (あんみつ姫, 2007/12/5 11:44)
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あんみつ姫
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新站で浴衣姿の若い夫婦にビックリ
四時頃新站に着く。プラットフォームに付け剣をした日本軍の歩哨が立っている。未だ兵器を持った日本兵がいると懐かしくなって情報確認も兼ねて下車することにした。歩哨に聞くと、満鉄のサナトリウムに友軍が集まっており、宿舎や糧秣の世話をしてくれるとのこと。直ちに前進。駅前から良い道路が伸びており、何だかかけ離れた世界のようなのんびりした風景。
病院の中は雑多な部隊が集まっているようだが、本部はテキパキと処置をつける。大部隊と将校用の小部屋をくれた。久し振りに明るい電燈の下での会食。文明の有難さを実感。床に本が転がっており、米人の書いた「廃者の花園」、癩患者の記録だ。
活字に触れるのも久しぶり、南京虫、蚤のいないベッドで熟睡。
プラットフォームに積み上げられた糧秣、被服等は山脈のように連なっているので、トラックへの積み込みは計画なしに片っ端からやる。これは俺の部隊のだ、あれは誰々将校の行李だ等は問題にならぬ。ラーゲリで一旦倉庫へ納めてから配布するという。先ず手近の糧秣から積載開始。
積む時もダワイ、車の誘導もダワイ、誠に便利な言葉だ。ハルビンでは一向に耳にしなかったが、ソ連人は盛んに使う。
余り感じのよい言葉ではない。第一、発音が美しくない。八杉の辞書に、物ごとの始動、勧誘に用いるとか書いてあったが、こんなに矢鱈に使われるとは思ってもみなかった。
このダワイ以外は、ハルビンの白系露人の言葉や我々が習ったロシヤ語とさして変わらないようにも思えるが、軍人のせいか言葉使いが粗野である。満洲の田舎のロシヤ人と話しているような感じだ。これも労働者、農民の国だからか。
スチュードベーカー《米国製トラック》は引っ切りなしに来る。日本兵はよく働く。ソ連の運搬兵も徹夜作業に入るようだ。ラーゲリ《収容所》が近いため、直ぐ還ってくる。積み下しは先発部隊がやっているらしい。赤軍の将校も大分集まってきた。
女の少尉もいる。黄色いワンピース型軍服に紺のベレー帽、金色の肩章を光らせた若い娘だ。白系の娘のような清潔な雰囲気はない。
横道河子での女通信兵といい、この娘といい、なかなかの度胸だが、よほどソ連は人的資源が不足とみえる。若い青年は将校だけで、兵隊はロートルと小僧ばかり。
こんな連中に押しまくられたことは残念だが、兵器が桁違い。精神力だけではどうにもならぬ。剣付鉄砲では発射速度の早い自動小銃でタラララとやられたら終り。荒木大将の竹槍説に腹が立つ。
何かと考えながら立っていると、カラバエフ少佐が来て、「どうだ、この娘は、お前の細君にしてやろうか」と笑う。女もニコニコしている。「女はいらん。アメリカの缶詰を試したい」とやってみたら、将校連中大笑い。日本の兵隊が怪訝な顔で見ている。
思想は違ってもロシヤ人はロシヤ人、白系と同じく頗る親しみ易い。
日本の兵隊は背嚢《はいのう=背にせおうカバン》をゴソゴソやって私物整理に忙しい。カラバが「こいつらを脅かして作業に専念させるから、お前も大声で怒ったように通訳しろ」と言って拳銃を振り回し、「私物をゴソゴソやるな、五分以内に全員積載援助にかかれ。命令に背けば射つ」と脅す。
兵隊もたわいがない。ソ連の将校が拳銃を振り回すとクモの子のように散る。可哀相だ。
作業が順調に進み出したので、少佐と一緒に寝台車へ行く。将校家族はそのまま泊まっている。青木中佐と副官、通訳のフラットキン少尉と先ほどのマーシャ少尉の六人で酒を飲む。カラバはなかなかの豪傑で、冷酒一升半を瞬く間に飲み干した。とても付き合い切れぬ。
マーシャはさすがに女で、少佐がすすめても窓から捨ててしまう。それでも面白そうに我々の傍らに座っている。
彼女もフラットキンと同じく東洋語学校卒の日本語通訳将校だが、恥ずかしがって一言も喋らぬ。少佐は相変わらずどうだこの娘はと、我々のソ連婦人観を訊きたいらしい。「うん、なかなか奇麗な娘だ(スマズリーバヤ)」と言ってみたら、マーシャがあんな言葉を知っているわとフラットキンと顔を見合わせている。
一方、外はいよいよ忙しくなったと見えて、日本語とロシヤ語の怒号が飛び交っている。
夕方交代した警戒兵ニヶ中隊が、中隊長の約束に拘わらず、たまたま時計の強奪を始めたらしい。時計を取られた日本軍の将校が若いソ連兵を連れて来た。半酔いのカラバは文字通り烈火の如く怒ってその兵隊を一撃の下に水溜りに殴り倒した。
中隊長を集め、「こんご貴様等の部下が掻っ払いをやったらその場で中隊全部を追っ払う。部下の監視も出来ないのか」と叱り飛ばす。
どうもソ連軍では上級将校はしっかりしているが、下の連中はさっばりだ。第一、中隊長連中から時計が欲しいのだから仕末に終えぬ。カラバだってドイツで奪った彫刻入りの金時計が自慢だ。
(つづく)
四時頃新站に着く。プラットフォームに付け剣をした日本軍の歩哨が立っている。未だ兵器を持った日本兵がいると懐かしくなって情報確認も兼ねて下車することにした。歩哨に聞くと、満鉄のサナトリウムに友軍が集まっており、宿舎や糧秣の世話をしてくれるとのこと。直ちに前進。駅前から良い道路が伸びており、何だかかけ離れた世界のようなのんびりした風景。
病院の中は雑多な部隊が集まっているようだが、本部はテキパキと処置をつける。大部隊と将校用の小部屋をくれた。久し振りに明るい電燈の下での会食。文明の有難さを実感。床に本が転がっており、米人の書いた「廃者の花園」、癩患者の記録だ。
活字に触れるのも久しぶり、南京虫、蚤のいないベッドで熟睡。
プラットフォームに積み上げられた糧秣、被服等は山脈のように連なっているので、トラックへの積み込みは計画なしに片っ端からやる。これは俺の部隊のだ、あれは誰々将校の行李だ等は問題にならぬ。ラーゲリで一旦倉庫へ納めてから配布するという。先ず手近の糧秣から積載開始。
積む時もダワイ、車の誘導もダワイ、誠に便利な言葉だ。ハルビンでは一向に耳にしなかったが、ソ連人は盛んに使う。
余り感じのよい言葉ではない。第一、発音が美しくない。八杉の辞書に、物ごとの始動、勧誘に用いるとか書いてあったが、こんなに矢鱈に使われるとは思ってもみなかった。
このダワイ以外は、ハルビンの白系露人の言葉や我々が習ったロシヤ語とさして変わらないようにも思えるが、軍人のせいか言葉使いが粗野である。満洲の田舎のロシヤ人と話しているような感じだ。これも労働者、農民の国だからか。
スチュードベーカー《米国製トラック》は引っ切りなしに来る。日本兵はよく働く。ソ連の運搬兵も徹夜作業に入るようだ。ラーゲリ《収容所》が近いため、直ぐ還ってくる。積み下しは先発部隊がやっているらしい。赤軍の将校も大分集まってきた。
女の少尉もいる。黄色いワンピース型軍服に紺のベレー帽、金色の肩章を光らせた若い娘だ。白系の娘のような清潔な雰囲気はない。
横道河子での女通信兵といい、この娘といい、なかなかの度胸だが、よほどソ連は人的資源が不足とみえる。若い青年は将校だけで、兵隊はロートルと小僧ばかり。
こんな連中に押しまくられたことは残念だが、兵器が桁違い。精神力だけではどうにもならぬ。剣付鉄砲では発射速度の早い自動小銃でタラララとやられたら終り。荒木大将の竹槍説に腹が立つ。
何かと考えながら立っていると、カラバエフ少佐が来て、「どうだ、この娘は、お前の細君にしてやろうか」と笑う。女もニコニコしている。「女はいらん。アメリカの缶詰を試したい」とやってみたら、将校連中大笑い。日本の兵隊が怪訝な顔で見ている。
思想は違ってもロシヤ人はロシヤ人、白系と同じく頗る親しみ易い。
日本の兵隊は背嚢《はいのう=背にせおうカバン》をゴソゴソやって私物整理に忙しい。カラバが「こいつらを脅かして作業に専念させるから、お前も大声で怒ったように通訳しろ」と言って拳銃を振り回し、「私物をゴソゴソやるな、五分以内に全員積載援助にかかれ。命令に背けば射つ」と脅す。
兵隊もたわいがない。ソ連の将校が拳銃を振り回すとクモの子のように散る。可哀相だ。
作業が順調に進み出したので、少佐と一緒に寝台車へ行く。将校家族はそのまま泊まっている。青木中佐と副官、通訳のフラットキン少尉と先ほどのマーシャ少尉の六人で酒を飲む。カラバはなかなかの豪傑で、冷酒一升半を瞬く間に飲み干した。とても付き合い切れぬ。
マーシャはさすがに女で、少佐がすすめても窓から捨ててしまう。それでも面白そうに我々の傍らに座っている。
彼女もフラットキンと同じく東洋語学校卒の日本語通訳将校だが、恥ずかしがって一言も喋らぬ。少佐は相変わらずどうだこの娘はと、我々のソ連婦人観を訊きたいらしい。「うん、なかなか奇麗な娘だ(スマズリーバヤ)」と言ってみたら、マーシャがあんな言葉を知っているわとフラットキンと顔を見合わせている。
一方、外はいよいよ忙しくなったと見えて、日本語とロシヤ語の怒号が飛び交っている。
夕方交代した警戒兵ニヶ中隊が、中隊長の約束に拘わらず、たまたま時計の強奪を始めたらしい。時計を取られた日本軍の将校が若いソ連兵を連れて来た。半酔いのカラバは文字通り烈火の如く怒ってその兵隊を一撃の下に水溜りに殴り倒した。
中隊長を集め、「こんご貴様等の部下が掻っ払いをやったらその場で中隊全部を追っ払う。部下の監視も出来ないのか」と叱り飛ばす。
どうもソ連軍では上級将校はしっかりしているが、下の連中はさっばりだ。第一、中隊長連中から時計が欲しいのだから仕末に終えぬ。カラバだってドイツで奪った彫刻入りの金時計が自慢だ。
(つづく)
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あんみつ姫