特攻インタビュー(第7回)・その11
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編集者
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海軍航空特攻 野口 剛氏
◆神雷部隊出撃!(2)
--------南大東島に不時着するまでの間、どんなお気持ちでしたか?編隊を離れざるを得ず、後ろめたい気持ちもありましたか?
野口‥それはもう、後ろめたいというか。飛んでいるときには後ろを見てなかったですからね。
--------無線などで、味方に状況を知らせることは出来なかったのでしょうか。
野口‥無線も外してありました。代わりに電鍵がついていました。ボイスの方はほとんど駄目でしたから電鍵になっていましたね。零戦で悪い部分は「無線機」と「ブレーキ」で、中島の飛行機も三菱の飛行機も余り良くなかったですね。
--------ブレーキが良くなかったということは、停まらないということですか?
野口‥そう、停まらない。片利きになってしまい、機体がぶれるので使わない方がいい。
--------ブレーキの利き方が中途半端だったということでしょうか?
野口‥そう。片利きになったり、非常にブレーキが悪かったですね。
--------島への不時着は海岸でされたのですか?
野口‥いいえ、飛行場です。草っ原の飛行場があるのです。
--------万一の時はそういう島を不時着基地として使っていたのでしょうか?
野口‥大東島だとか、喜界島だとか、種子島がそうでしたね。
--------不時着する時の指示があったのですか?
野口‥はい、そうです。
--------不時着された後は、部隊に直ぐ連絡をしたのでしょうか?
野口‥いいえ、全然していないです。しょうがなかったのです。
--------基地には通信設備が何も無かったのですか?
野口‥無いです。
--------そうすると、不時着した後はどうされたのでしょうか?
野口‥電話を掛けるにしても電話番号も分からなかったし、単純に燃料を補給してまた飛び立つだけのことだったのですよ。
--------では、燃料を補給して飛び立つつもりだったのですね。
野口‥そうですね。燃料を補給してもらいました。そこでは、山のように積んであった砂糖が燃えていてもったいないなあと思いました。機体を直してもらうにも、まずは穴をふさがないと飛ぶことができないということで、今日は戻ることはできないと言われました。そこで一泊して、翌日帰りました。
- -------帰ったのは鹿屋基地に?
野口‥はい、鹿屋です。
--------鹿屋に帰還して報告をされたわけですか?
野口‥報告をしたところ、9機しか戻っていないと聞かされました。そして、私の本隊である富高へ戻るように指示が出ました。
--------戦闘機隊だけで9機しか戻らなかったわけですか?
野口‥そうです。どうやら三〇六飛行隊だけが出撃したわけではなかったのです。二〇三空からも何機か応援に来ていたらしいのですが私達はそれが分かっていなかった。
--------3月21日の出撃で三〇六飛行隊は何機出撃して何機戻らなかったのですか?
野口‥他の隊員と会わないものですから、よく分からない。3月26日には第二〇三海軍航空隊が鹿屋基地の近くの笠之原へ異動したので、私も神雷部隊からは外れました。兵舎の無い、山の切り通しの防空壕の生活となる笠之原に異動してから何人か集まり始めて、「二〇三空で私も3月21日に出撃した」などという話になった。爆撃機18機と戦闘機が40数機行ったと思うのですが、皆、やられてしまったと思います。ほとんどが一撃で落とされていましたからね。
--------敵襲で一式陸攻は回避行動が出来たでしょうか?
野口‥一式陸攻は桜花を積載して重量が目一杯で何もできなかったと思います。
--------何もできずに撃ち落された陸攻や桜花の搭乗員のことを思うと如何ですか?
野口‥もう、すごく残念ですね。二〇三空に行ってからも3、4回ほど菊水作戦に出撃しているんです。沖縄の伊江島まで行ったことがありますからね。
一式陸攻が攻撃に出るときに一緒に出撃したこともありますよ。直掩で。