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被爆55年 忘れられないあの日 ―26 広島・長崎被爆者の詞画集―

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編集者

通常 被爆55年 忘れられないあの日 ―26 広島・長崎被爆者の詞画集―

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2010/11/14 8:29
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298
原爆犠牲者慰霊碑などの由来

 慰霊碑々文

 太平洋戦争の最終末の一九四五年八月、広島、長崎に投下された原子爆弾は、一瞬の閃光で両市を壊滅させ、数十万人を殺傷しました。

 この碑は有史以来初めての核兵器の被害を身に受け苦痛の中で生きながらえた本県在住の原爆被爆者が、原爆の犠牲となった人々の冥福を祈り、あのような残虐な戦争を惹き起こさないよう恒久平和を誓い、被爆二五周年を記念して、一九七〇年四月末、ここ大船観音境内に建立したものです。

 慰霊碑の石は、広島、長崎の爆心地の石及びビキニ環礁で被爆した第五福竜丸の遺品を添え千羽鶴を刻んだ橋に乗せ、被爆者が平和の丘に向かう姿を表しています。

 (写真・左から平和祈念塔、原爆犠牲者慰霊碑、原爆の火の塔)









慰霊碑

 被爆二十五年記念一九七〇年(昭和四十五年) 完成

 神奈川県原爆被災者の会 (昭和四十一年結成) では、被爆二十五年の記念事業として、原爆犠牲者慰霊碑の建立を計画しました。

 当初建設場所が見当たらず困難を極めましたが、尾島良平会長、井上輿志男事務局長等の努力と 「財団法人・大船観音」 の関係者 (代表者・五島慶太氏) のご好意により境内の現在地が無償にて提供され慰霊碑が建立されることとなりました。

 この慰霊碑には、広島のケロイド状の瓦、西蓮寺の地蔵土台石、長崎の浦上天主堂の被爆石、ビキニで被爆した第五福竜丸の遺品が収められています。

 慰霊碑の設計と制作は具象美術会の専門家によって行われ、被爆者が平和の丘に向かって橇をひく姿が表わされています。


平和祈念塔  

 被爆四十年記念

 一九八五年 (昭和六十年) 完成「核兵器もない、戦争もない、平和な世界を」 の碑文は神奈川県内被爆者から公募され、当時の神奈川県知事・長洲一二氏が揮毫されました。


原爆の火の塔 

 被爆四十五年記念 一九九〇年 (平成二年) 完成

 「原爆の残り火」 は、被爆後の広島の書店の地下室に燻っていた本から、福岡県星野村に持ち帰られました。その後 「平和の火」 として燃え続けていたものを、被爆四十五年に分火して頂き、犠牲者のご冥福と平和への願いを込めて燃え続けています。

  所在地=神奈川県鎌倉市岡本
       大船観音寺境内

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