我が軍隊的自叙伝 緒方 惟隆 4
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学生時代の章 2
昭和十五年四月。同志社高等商業学校に入学した。五男三女を育てて来た父に、私まで上級学校へ進学させるだけの資力があるわけはなかった。長兄は和歌山高等商業学校を卒業して、満州中央銀行から蒙疆銀行へ移っていたし、次兄も桐生高等工業学校を卒業し、兵役を終って蒙疆電業に復職していたので、多分両兄から多額の仕送りがあったのであろう。そんな苦しい家計のやりくりなど無頓着に、本人は至って呑気に学生生活を楽しんでいた。奈良市の自宅からはとても通学出来ないので、卒業までの三年間は寮生活であった。部活動は中学と同じく射撃部に入部して、入学早々からレギュラーになり東京や各地の大学高専大会で好成績を挙げていた。
中国の全域では、我が皇軍は快進撃を続けていたが、亜細亜の情勢は益々険悪となり、昭和十六年十二月八日、日本は遂に太平洋戦争に突入した。その日の朝、登校した時「我が大日本帝国が米英蘭に対し宣戦布告をして戦争状態に入った」ことを学友から知らされた。ドキンー・と胸に強いショ″クを受けたことを憶えている。大変なことになったという不安感と、戦果拡大中という喜びとが交錯して、何とも複雑な気持ちであった。今までは満州事変、上海事変、北支事変、支那事変、などと称して実質は戦争であっても、宣戦布告が無かったので直接事変に従軍している将兵に対しては誠に失礼な話だが、それ程にも切迫して感じなかったか、やはり「事変」が「戦争」に変わると、これ程の強いショ。クを受けるのだから変なものである。やがて三年生(私の一クラス上級生)は卒業期日か三ヶ月短縮されて、十二月末日卒業して、すぐに入隊して行った。日本全国が戦争中なのだという緊迫感がヒシヒシと身に感じられる情勢であった。
昭和十七年四月。私は三年生になった。月日は忘れたか間もなく、徴兵検査の通知かあり、本籍地の京都府相楽郡精華町役場で検査を受けた。体力的に自信がなかった私は、何百里も歩かねばならない歩兵を何となく敬遠したくて、検査官から「貴様、馬に乗ったことがあるか」「ハイ、あります」「どれ位乗ったか」「ハイ、三回位であります」検査官かニヤリと笑った。このニヤリの意味か、軍隊に入って実際に馬に乗るまで分からなかったのだから目出度い話である。検査官は更に「自動車に乗ったことかあるか」「ハイ、あります」今度はもう何回とは聞かなかった。
兎も角も無事『第一乙種合格』と相成ったが甲種編入で現役入営は間違いなかった。兵科は判らないので、ヤッパリ歩兵かな?、いやヒョツとしたら軸重兵かも知れない、などと色々憶測していたところ、やがて何日かあと役場から約五糎巾の細長い紙切れか来て「騎兵一番」と書いてあったので、少年時代からあこがれていた兵科でもあり、非常に嬉しくてホツと胸を撫で下ろしたことであった。
学校では、去年の三年生か三ヶ月学業短縮で十二月卒業だったか、私達の学年は更に三ヶ月(計六ヶ月)短縮になって、九月十九日卒業と決まった。同じ頃、十月一日中部第三十九部隊に入隊すべき通知かあった。卒業から入営までに僅か十日しかない。その十日の間の気持たるや実に複雑で、とても字句に言い表わせるものではない。入隊した後の生活をアレコレ想像したり、「我が大君に召されたる、生命栄えある朝ぼらけ」と出征兵士を送る歌を歌っては涙を流したり、未来の世界へ迷い込んでは現実に引き戻されて、その十日間を奈良市北袋町の自宅で、軍隊の勉強をするでもなく、身辺の整理をするでもなく、ただ漫然と過ごした。