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特攻インタビュー(第5回)・その11

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通常 特攻インタビュー(第5回)・その11

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2012/4/19 8:05
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 陸軍水上特攻 皆本義博氏

 ◆牛島満陸軍大将と大田実海軍少将の思い出(1)

 --------マルレ艇にも被害があったのですか?

 皆本‥いえ、軍の特攻艇はみんな洞窟の中でしたから。基地隊だけでなく特攻隊の乗組員まで、骨、一生懸命ハンマーで洞窟を作りました。だから、舟艇に被害はなかったです。

 ちょっと、沖縄方面とか全軍関係のことに触れたいと思います。沖縄本島には第九師団、第二四師団、第六二師団、独立混成第四四旅団が展開していました。さっき言いました陸自の幹部学校でのことですが、「教官、質問します。昔の陸軍には優秀な参謀や司令官がおられたのに、何で小刻みに満州とか中国におる師団を沖縄本島に展開したんですか?」という質問があったんです。沖縄では6回、配備変更をやっています。「今の教育で、こんな配備変更をやったらバツがつきますけど、どうしてですか?」と聞くから、「君らが勉強しようとしているのは、今で言う演習・兵棋演習と違うんだ」と言いました。1個師団が派遣されて、その時に敵が来たら、その1個師団で戦わにゃいかん。もう1個師団が派遣されたら、地域を分担して2個師団で戦う。いつ敵が来るかは、来てみないと分からないということで、部隊が派遣されるたびに配備を変更していました。

 そして、沖縄に補充する陸軍部隊が全部そろったという時に、第九師団を沖縄から転用するという問題が起きました。フィリピン・レイテ島が危ないから、日露戦争で旅順要塞の東鶏冠山を陥落させて以来、戦史に燦然と輝く石川県金沢編成の第九師団に最大の期待を持っていたんです。その発令が昭和19年11月末です。船で台湾まで行きましたが、そこから先に行けなくなって、結果的に第九師団はそれで助かったわけです。

 第九師団の転用は、我々にも影響を及ぼしました。我々の海上挺進第三戦隊は、戦隊長以下104名。これは全部突撃する。まあ航空で言うならば、全部、特攻機に乗るパイロットです。それを支えるのが900名の基地大隊で、すべてやってくれると安心していました。ところが、慶良間に配備されていた三個戦隊すべてに、基地大隊を一部残して沖縄本島に転用せよと命令が来ました。基地大隊を独立歩兵大隊に改編して、独立混成旅団の隷下に入れるということなんです。私たちは、「何だ!大本営はバカじゃないか」と憤りました。今頃になって一個師団を抜いて、そして基地大隊をよそに持って行くと。しかし、いつまでも、そんな事を言っておれませんからね。基地大隊の隊員は我々と手を振り合って、「長い間、お世話になりました」と言いました。基地大隊長の少佐なんか、「我々は沖縄本島に行って戦うが、島の方も、ひとつ最後まで頑張って頂くように祈る」と言って去って行きました。

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