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特攻インタビュー(第5回)・その27

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通常 特攻インタビュー(第5回)・その27

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1
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2012/5/8 6:55
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 ※注1・最後の連合艦隊司令長官・小沢治三郎

 アメリカ軍が慶良間・沖縄本島に上陸した頃、小沢中将は軍令部次長だった。
 沖縄戦末期の昭和20年5月29日、連合艦隊司令長官(海軍総隊司令長官と海上護衛司令長官を兼任)に就任。終戦までその任にあった。

 ※注2・エリソン・オニヅカ中佐

 アメリカ空軍の軍人。最終階級は空軍大佐。
 日系アメリカ人最初のアメリカ航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士。
 1986年1月28日、スペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故で殉職。

 ※注3・沖縄集団自決冤罪訴訟

 大江健三郎著『沖縄ノート』(岩波書店)の中で、沖縄戦末期、軍の命令によって座間味島、渡嘉敷島の住民が集団自決を強いられたという記述があり、これを事実無根であるとして、元海上挺進第一戦隊長・梅沢裕氏と第三戦隊長・赤松嘉次氏の弟にあたる秀一氏が原告となって、大江氏および出版元の岩波書店に名誉毀損による損害賠償、出版差し止め、謝罪広告の掲載を求めて起こした裁判。第一審、第二審とも名誉毀損の成立を否定し、原告の請求を棄却した。原告側は最高裁に上告したが、2011年4月11日、最高裁第一小法廷は上告を棄却。原告側の敗訴が確定した。


 皆本 義博氏(海上挺進第三戦隊第三中隊長)軍歴

 1922年(大正11年)
  熊本県生。

 1941年(昭和16年)4月
  陸軍予科士官学校入校。

 1942年(昭和17年)10月
  陸軍士官学校入校(陸士57期)。

 1944年(昭和19年)4月
  陸軍士官学校卒業。

 1944年(昭和19年)7月1日
  陸軍少尉任官。

 1944年(昭和19年)9月
  海上挺進第三戦隊第三中隊長。

 1944年(昭和19年)9月下旬
  沖縄・慶良間諸島の渡嘉敷島に到着。

 1945年(昭和20年)3月26日
  米軍の慶良間侵攻により、マルレの自沈命令が出される。

 1945年(昭和20年)3月27日
  米軍が渡嘉敷島に上陸開始。

 1945年(昭和20年)3月28日
  渡嘉敷島民315名が集団自決。

 1945年(昭和20年)8月23日
  渡嘉敷島で武装解除。


 ー完ー

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