私が読んだ本 
(期間:2011.11.1 - 2011.12.31)

 子どもの時から今に至るまで、たくさんの本を読んできました。
 そこで、みなさんが読まれた本を紹介してください。
 元気の出る本でもいいし、楽しい本でもいいし
 役に立つ本でもいいです。
 電子図書のことでもいいです。


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  • [No.749] 父荷風 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/24(Sat) 15:32
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    永井荷風に息子がいたのかと思うと
    これは養子の永井永光の書いた本。

         白水社 2005年

    永井荷風は長男で弟たちがいた。
    貞二郎と威三郎である。

    永井荷風の父には弟(久万次)がいた。
    久満次は永井家から大島家に養子に入り
    長男一雄をもうけた。
    この一雄の次男が著者である。

    著者の父である大島一雄は杵屋五叟と名乗り長唄の師匠となる。
    つまり
    永井荷風は大島一雄の従兄になる。

    著者が永井荷風の養子になったのは
    昭和19年3月22日、荷風64歳、著者が11歳の時だった。
     著者は暁星中学に入学してからは永井の姓を名乗る。
    荷風としてみれば、戦争が激しくなって、家督を継いでくれる者がほしかったのであろう。

    荷風には弟たちがいたが荷風とは肌合いが違っていて
    荷風も兄弟やほかの親戚とは没交渉だったのに
    ただ一人、大島一雄だけは心を許すようになったのは
    長内人ながら文筆もとった一雄が荷風を尊敬していたからではないかと
    著者は推定する。

    荷風は、小学生の著者には何も言わなかったが、著者の実父にこんなことを言っていたという。
    「軍人、役人、医者、教員には一切させないこと」
      著者はこの影響を受けてか、銀座のバーでバーテンをして、後に自分の店を持つ。
      その店の名前を実父は荷風にちなんだ「偏奇館」と名付けた。
      これは麻布にあった永井荷風の住居だが、東京大空襲により焼失。
      ペンキ塗り洋館であることをもじって、荷風自らが命名したという。
        「偏奇館」の「偏」はこの本では「ぎょうにんべん」である。

    著者のことは永井荷風の日記の中にときどき出てくるという。

    やがて著者は荷風と同居したりするが
    結局、著者も結婚をして、荷風は一人暮らしの中で死んだのであった。


    [No.748] 一瞬で大切なことを伝える技術 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/24(Sat) 12:30
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    絵入りで
    読みやすいというか絵本みたいな本
     最近はこの手の本が多くなった。

    何が大事をみつける。
    簡単(手短に)に伝える。
    相手にとって何が大切かを考えて。
      自分の視点と相手の視点は違うから。

    大事なことは繰り返す。
    言葉がそろうと議論が楽しくなる。
      言葉は同じでも意味がずれていると議論がかみ合わない。

    本筋からはずれますが、この本では下記のような例を紹介していました。
     福島原発事故をめぐり震災2か月後にこんな騒動があった。
      「原子炉停止のための海水注入が官邸指示で55分間中断された」
      「いや、官邸から指示はしていない」
      「原子力安全委員長が『再臨界の危険性がある』と言った」
      「いや、そんなことは断じて言っていない」

     またもや政府側の大失策だと連日メディアは大騒ぎ。
     結局、発電所の現場の所長が独断で海水注入を継続していたと告白して
     この問題は即日、雲散霧消したのだが
     その前々日に、A新聞にこんな記事があった。
      1面2面を使って、「言った言わない」論争を取り上げるなか
     このA新聞の2面の一番下に専門家の意見をそっと載せていた。
     曰く、「勝負はついていた」「中断の影響はそれほどない」
      それならそんなダイジじゃないことに、紙面をいっぱい書かないでよ
     と年間数万円ほ支払う一購読者として思った。
      (おもしろおかしく書く新聞社。正確簡潔に書かずに小説のように盛り上げた方が売れると思っているのだろうか)
     
    昨夜のテレビ番組で、福島原発事故のときの
    総理官邸における内閣の対応や東京電力の応対の
    再現番組であったが、やはり犯人探しはこれから話題になるだろう。
    対応は良かったのか、まずかったのか。いけなかったとしたら、どうすべきだったのか。
     テレビ番組の中で総理大臣は、こうなったのはこれまでの原子力行政と電力会社の対応によると述べていたが、それはそうとして、現状でどうすべきだったかという問題はあるだろう。
      3.11以前と3.11以後 どちらも審査検証すべき問題であろう。


    [No.747] Re: 池波正太郎「ドンレミーの雨」 投稿者:   投稿日:2011/12/24(Sat) 11:21
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    画像サイズ: 392×578 (63kB)
    唐辛子紋次郎さん みなさん

    >  「フランス映画旅行」をお持ちなら、S・O・Fの老主人セトル・ジャンのスケッチも見られますね。

    ←これですね

    以下引用:
    <この近くにある{B・O・F}という酒場がいいんだ。江戸時代の下町にある居酒屋のような感じでね。この店のおやじ、七十二だっていってたな。セトル・ジャンというんだよ。スケッチブックに、おやじのサインもらって来た>
    <店の名前は{B・O・F}というんだ。これはBonnne Oubliee Franceから来てるというんだけどね。(中略)だから、「佳き、忘れられたる、フランス」ということになるわけだよ>


    [No.746] 池波正太郎の春夏秋冬 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/24(Sat) 11:14
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    池波正太郎の春夏秋冬 文春文庫 (1989)

    この本には
    池波正太郎の自筆の年賀状が載っています。
     昭和52年巳年から 昭和63年辰年まで

    みんなが楽しみにしているので夏から書き始めるそうです。

    この本のあとがきで
    妻が、小説が売れるようになると
    美味しい食べ物を食べるようになって
    妻にも要求することが多くなったこと
    妻の作る毎日の食事が美味しかった、まずかったと
    手帳に記載していたことなどが書かれています。

    フランスの田舎が好きで家族と一緒によく行っていた。
    心地よいバーを見つけ、カウンターに腰かけて
    雰囲気を楽しんでいた。
    たまたまとても気に入ったバーがあり、その後行ったら
    もうなくなっていて、とても寂しそうだったと書いています。
      このことは池波正太郎の書き物でよんだことがあります。

    ヨーロッパに行くようになってから絵を描き始めたそうです。
    それは何かひかれるものがあったからだろうと
    妻は推定してます。
     撮ってきた写真を見ながら絵に色をつけていた。
    動物や人物の絵が多く、花などはあまり興味がなかったようです。


    [No.745] Re: 人間の覚悟 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/24(Sat) 09:13
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    > > > > 五木寛之:人間の覚悟 新潮社(2008)

    > > > 気になることが多々書いてあるのだが
    > > > それをいちいち紹介するのは大変なので
    > > > 少しだけ、できる範囲で、ここに書いてみよう。

    アミニズムとシンクレティズムの可能性
     私たち日本人は、実はとても宗教的な民族なのである。
    日本人が心性の深いところで持っているもの、それが
    アミニズム(精霊信仰)とシンクレティズム(神仏混淆)の二つである。

    アミニズムは最も原始的な人間の信仰のかたちであるといわれてきた。
    自然界のあらゆるものに霊魂や精霊が宿り、何らかの意思を
    もたらしていると考えるのである。
    一方のシンクレティズムは、ことなる宗教や崇拝対象を
    自在にミックスさせてしまう多神教的な信仰形態で
    家の中に神棚もあれば仏壇もあることが、一神的な考え方からすれば
    おかしいといわれてきた。

    明治以来、日本の知識人は概してこの二つを日本の恥とみなして
    きたようである。

    しかし、ヨーロッパの根底にあるギリシャやローマの文明が
    そうであったように、ユダヤ教やキリスト教が成立する前の
    初期の宗教というのは、基本的に多神教だったのである。

    著者の五木寛之は、これから先の世界は、キリスト教や
    イスラム教のような原理主義的な一神教ではもう持続して
    いけないのではないかと考える。
     むしろ多神教的な、さまざまな信仰や崇拝のかたちが
    共生し、混在する世界を考えるべきではないか、そう考えると
    日本人が自ずから持っているシンクレティズムは、これから先、
    平和的な世界をつくっていくうえで非常に貴重なことではないだろうか。

    神仏習合は近代日本の恥だと考える必要などない。
    そもそも信仰は習合するものであって、キリスト教にしても
    ドイツにはドイツのプロテスタント、イギリスにはイギリス国教、
    アイルランドにはアイルランド・カトリック、イタリアでは
    ローマ・カトリックという具合に、地元の信仰と必ず習合している。
     (ギリシア、ロシアにはそれぞれ正教がある)

    純粋な原理主義的一神教では、「我らの信じる神以外を信じるな」
    という姿勢になるが、日本人が宗教において保ちつづけている
    シンクレティズムの感覚は貴重なもので、世界に広がっていく必要
    こそあれ、けっして恥ずべきことではないのだと五木は考える。

    むずかしい理屈や教養など知らなくても、日本人には昔から
    自然に対する畏れがあり、雷も雷様と「様」をつけ、風神雷神と
    あがめたのである。
    これから先の地球環境の問題を考える上で大切なのは、二酸化炭素
    の排出量取引ではなく、自然全体に生命を見る姿勢なのではないだろうか。

    ヨーロッパやアメリカ流の自然保護というのは、これ以上空気や水を
    汚して森を破壊すると最も大事な人間の生活がもたない、人間を
    守るために自然を濫費しないようにしようという考え方が根底になっている。

    しかし、それではもうだめなのではないだろうか。
    そうではなくて、草木の一本、一石、一草にも虫にも動物にも心があり
    魂があり、仏性がある。森にも山にも命があると考える日本人の
    伝統的心性こそ、環境について考える上で根本的大転換をもたらす
    新しい思想として現代に大きな価値を持つのである。

     先進国でありながら日本人が今なお備えているアミニズムと
    シンクレティズムの感覚は、人間にとって貴重な資産として
    この国の未来を支えていくものかもしれない。

    この五木寛之の
    日本人のアミニズムとシンクレティズムの感覚に近いことを
    あの宗教学者の山折哲雄も述べています。
     この柔軟なかつ自然との神道的共鳴感覚、これが日本人の世界観の特徴であろう。
     神道は日本古来のものであり、一種のアミニズムともいえる。
      ........
     天地万物に神が宿るという考え方。みようによっては多神教、あるいは汎神教。
      ..........
     この日本教にひそむ多元的価値の「共存」ということを考えるなら、
     最近の地球環境の問題やエコロジーの思想にみられる「共生」は
     まさに日本の宗教世界における多元的思想の共存の伝統の正当性を
     認めることにはならないだろうか。

     地球上では、宗教や民族の違いによる紛争や戦争がおこっている。
     外国の宗教ではそれらの争いは解決できないようである。
     少なくとも攻撃的な自己主張をする宗教は、21世紀をみちびく宗教
     たりえなくなっているように思われる。
       (一神教をふりかざすから戦争は絶えない。他の宗教との共生がこれからは必要ではないか)
    http://www.mellow-club.org/cgibin/free_bbs/11-semi5/wforum.cgi?no=743&reno=742&oya=742&mode=msgview

    だいぶ理屈っぽくなりましたが
    長年考えていたことが少し整理できたような気がします。


    [No.744] ご詠歌から歌謡曲まで 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/24(Sat) 08:14
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    > > 山折哲雄:日本人の宗教感覚、NHKライブラリー

    この著者はチベットやインドや中国を取材調査のため旅行して
    おもしろいことを書いている。

    BGMとして
    平地(四川省成都)では美空ひばり
    4千メートルの高地(ラサ)では山口百恵
    8千メートルの山頂では都はるみ
    でその理由
     美空ひばり 日本人の心を歌う、そしてアジアでは普遍的
     山口百恵 高度4千メートルではも酸素が希薄で空気はカラカラに乾いている。
       ここでは「悲しい酒」はあわない。「プレイバック」の天空にぬけていく軽やかなリズムが喜ばれる。
     登頂の最後のアタックのときには、都はるみの力強いうなり節が元気をつけてくれる。
        8千メートル級の山では、百恵の「コスモス」でも、ひばりの「川の流れのように」でもやはりダメ。

    日本の仏教音楽は「声明(しょうみょう)」であり、これはインドにはない。
    声明には大きく分けて、朗誦的なもの(語り物的声明)と詠唱的なもの(歌い物的声明)の2つがある。
    あるいは、叙唱的なものと歌謡的なもの。

    この声明における「語り」的な要素と「歌い」的な要素が、それ以後の日本の芸能や音楽に、多くの影響を与えてきた。
    声明から庶民信仰のクライマックス的なご詠歌まで
    その伝統的音楽の流れの中に、浄瑠璃や義太夫、長唄や新内、浪曲などが生まれ
    声明からご詠歌にいたるペシミスティックな情感の調べが、現代の演歌にまで及んでいる。

    仏教徒の俗曲としてのご詠歌は、本来、死者を追悼する歌であるから、
    愁嘆的情緒をもち、また、仏教そのものの諦観的な世界観にひそむ
    ペシミスティックな情感を背景にもっていた。

    このご詠歌の
    もつ詠嘆調は、濃淡の差こそあれ、日本の伝統歌曲のほとんどすべてに
    感性的影響をあたえてきたものであり、またそれが、今日の日本の
    民衆歌曲の特徴のひとつになっているとさえ思う。
    ときには
    生命であるかのようにいわれているとも思う。
    (園部三郎、日本の流行歌)


    [No.743] 日本の宗教の未来 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/24(Sat) 08:01
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    > 山折哲雄:日本人の宗教感覚、NHKライブラリー

    日本は中国から多くのことを学んできた。
    仏教もそのひとつである。
    大乗仏教と小乗仏教、顕教と密教、いろいろな宗派や教義がある。
    そして、日本人が仏教から受け取ったものは、無常観と浄土観ではないだろうか。
    それに加えて、「空」とか「無」の考え方に強く引きつけられたのだと思う。

    儒教の教えの中から受け取った一番重要なものは、自己修養ではなかったろうか。
    身を修めること。自己訓練といってもいい。

    キリスト教の場合は、近代西洋の思想として、個人主義を
    新しいものとして受け入れたのではないか。

    それらの、「無常観、浄土観、空、無」「自己修養」「個人主義」を積極的に受け入れ、それらをうまく重層化させた。
    そして、それらの3系統の思想を意識の底で支えているのが神道的な感覚ではないだろうか。

    神道というのは、宗教ともいえず、思想ともいえず、極度に柔らかな自然感覚でみたされた世界である。
    この柔軟なかつ自然との神道的共鳴感覚、これが日本人の世界観の特徴であろう。
    神道は日本古来のものであり、一種のアミニズムともいえる。あるいはシャーマニズムと重なる領域もある。
    (シャーマニズムは日本だけでなく、韓国やモンゴルや満州族にも見られるものである)

    天地万物に神が宿るという考え方。 教祖も教義もない。みようによっては多神教、あるいは汎神教。
    ユダヤ教、キリスト教、イスラム教のように一神教からすれば、無神論的世界とされるかもしれない。
     いわば日本教。

    しかし、この日本教にひそむ多元的価値の「共存」ということを考えるなら、
    最近の地球環境の問題やエコロジーの思想にみられる「共生」は
    まさに日本の宗教世界における多元的思想の共存の伝統の正当性を
    認めることにはならないだろうか。

    地球上では、宗教や民族の違いによる紛争や戦争がおこっている。
    外国の宗教ではそれらの争いは解決できないようである。
    少なくとも攻撃的な自己主張をする宗教は、21世紀をみちびく宗教
    たりえなくなっているように思われる。
    人類の普遍的宗教が生まれるとしたら、日本の伝統的なパランスのとれた宗教感覚が、新しい世界宗教の創設にあたって一つの貢献をはたすのかもしれない。
    (おもしろい考え)


    [No.742] 人さらいのこと 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/24(Sat) 07:52
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    山折哲雄:日本人の宗教感覚、NHKライブラリー

    東北大助教授から国立歴史民俗博物館教授となった宗教学者です。
    NHK人間大学(1996.4−1996.6)
    の講義「日本人の宗教感覚」からとっているようです。

    数年前のこと、ちょうど60歳をこえた著者は、
    近所の公園でたまたま出会った女の子と目があった。
    思わずニコッと笑いかけた、その子の顔もいちどに花開いたように
    ほころび、最高の微笑みがかえってきた。
    なんという至福の瞬間だったことか。

    それまで彼は子どもというものはあまり好きでなかった。
    ときに意味不明なことをいう子ども、ときに残酷なことを
    したり言ったりする子ども。それが何となくうっとおしかった。
    それが、この経験でいっぺんに変わってしまった。

    この著者は子どもを見つけるとニコッと微笑みかけ、
    至福の瞬間を心待ちにするようになってしまった。

    あるときのこと、この宗教学者は例によって街角で子どもを
    みつけて、微笑みかける。
    するとその子どもは近寄ってきて、可愛い表情をして
    宗教学者を見上げるではないか。

    彼が歩きはじめると、その子どももついてくる。
    いつのまにか彼と並んで歩き出す気配。
    何とも楽しい気分だったが、若い母親がすっ飛んできて
    その子どもは腕をひっぱられ、彼から引き離された。

    つまり、彼は人さらいと間違えられたのだった。

    よく考えたら、いたしかたのないことだった。
    世間にはこわい事件がいっぱいある。
    あの血相を変えて飛んできた母親に微笑みかける心の余裕は
    この宗教学者にはなかった。

    もしもその母親にも微笑みかけたら、どうだったろうか。
    妙な誤解をうける危険性があったかもしれない。

    しばらく時がたってから、彼は反省したという。
    そのとき彼は、ひょっとすると「人さらい」の心境に
    かなり近いところにいたのではないかと思ったから。

    というのは、その宗教学者は、その子どもをいつのまにか、
    自分の世界のほうに惹きいれようとしていたからなのだ。
    その子どもを父や母の家族の世界から、白昼夢のような
    自分の世界へと引き離そうと、無意識のうちに考えていたからである。

    そのとき彼は、僧というものの運命のようなものを頭に
    描いていたという。僧とは、一種の人さらいかもしれない、と。

    人さらいであるとするならば、僧の周辺にはいつも
    懐疑と不安のまなざしが外部から突き刺さっているのではない
    だろうか。ひょっとしたら、僧であり続けるならば、
    避けることのできない悲しみなのかもしれない。

    それにもかかわらず、その悲しみという犠牲において、
    僧はいつでも至福の瞬間を手にすることができるのではないか。
    そう漠然とこの宗教学者は思うのであった。

    実際に歴史をふりかえるなら、最澄の弟子は、密教の勉強をするため、
    最澄の推薦状をもらって空海のところに行き、勉強するうちに
    二度と最澄の元に戻ってこなかった。
    最澄は、空海のことを人さらいと思ったであろう。

    カルト集団とも新興宗教とも、世間からレッテルをはられた
    宗教集団に、家族を捨てて走っていった若者たち。
    女優○○の走った某宗教団体も、家族からすれば人さらいと
    思ったであろう。

    もっとも、さらわれた若者たちや学生たちも、彼らを教育指導する師という存在も、
    世間の人も皆納得していれば、その人さらい行為は公式に認められる
    ものでありましょう。


    [No.741] Re: 老人力自慢 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/24(Sat) 07:30
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    > 老人力自慢

    老人力vs不良中年
    不良中年が勝新太郎、老人力は左ト全 うまいたとえ。

    老人力はユーモアに近い、不良中年はもうちょっと切れ味が鋭い。
    不良中年には世間の価値観をひっくり返すようなところがありそう。

    老人力も不良中年も、いずれにせよ、世間的な価値観みたいな
    ものから自由になろうというか、そこから外れようとか変わろう
    というものがありそう。

    価値観をひっくり返すという感じの不良中年に対して、
    老人力の方は、知らないうちに少しずつずれてきている
    というようなもの。 南伸坊説。


    [No.740] 老人力自慢 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/24(Sat) 07:27
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    老人力自慢

    書いた本人も出版社も
    あれよあれよという本の売れ行きに
    それではと読者の感想文やアンケートをまとめて
    更に出版した本。 柳の下に....

    「とりあえず大きい問題は置いといて」
    とりあえずやれるところから
    小さいところからチョコチョコとやっていく。
    日本人の生活の知恵、論理的な西洋人からすれば
    手ぬるいとか狡いということになりそう。

    野球でも老人力が必要。
    試合中、二死満塁という時など
    監督がタイムをとって「力をぬいていけ」と
    打者に声をかける。
    が、若いうちはついリキんで平凡な内野フライになったりする。
    力をぬくにも要領がいる。
    老人になれば自然に力がぬける。
    力をぬいていけ」→「老人力でいけ」
    老人力とは心を白紙にする力でもある。

    「物忘れするようになった」
    「物忘れできるようになった」
    このニュアンスの違いがわかる人は老人力のついた人。

    「僕には分散力がある」→「集中力がない」ということ
    老人力をいいえて妙。
    必ずしも集中力のない状態が悪いわけではない。
    ときには分散力も必要な場面もある。
    野球のチェンジアップみたいなものかな。


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