私が読んだ本 
(期間:2011.11.1 - 2011.12.31)

 子どもの時から今に至るまで、たくさんの本を読んできました。
 そこで、みなさんが読まれた本を紹介してください。
 元気の出る本でもいいし、楽しい本でもいいし
 役に立つ本でもいいです。
 電子図書のことでもいいです。


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  • [No.655] 災害の心理 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/19(Mon) 10:57
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    清水將之:災害の心理
      隣に待ち構えている災害とあなたはどう付き合うか

    2006年の本だが
    東日本大震災がおこって、2011年に第2版として出版された。

    第1章  災害って、なんだろう 
    第2章  自然災害と人為災害は区別できるか
    第3章  戦争は災害である
    第4章  子どもと災害
    第5章  児童虐待という子どもの災害
    第6章  大型災害時、子ども施設はどうなっていたか
    第7章  犯罪の被害
    第8章  個人災害という視点
    第9章  トラウマ(心の傷)とは何か 
    第10章  外傷性ストレス障害の歴史
    第11章  こころのケア
    第12章  受難者同士の助け合い
    第13章  ボランテイィアの勧め
    第14章  災害をどう捉えるか

    災害の心理学の入門書あるいは解説書といえるだろう。
    この分野もしだいに世に広まって受け入れられつつある。


    [No.654] Re: ミトコンドリア・イヴ(2) 投稿者:   投稿日:2011/12/19(Mon) 10:21
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    DeBugman さん、おはようございます。

    > つかぬことをお伺いしますが、講演会場は名古屋の「椙山女学園」だったのではないでしょうか?

    はい、仰るとおりです。中身の濃い講演でした。幸い、『DNA でたどる日本人10万年の旅』の
    予備知識があったので、よく分かりました。

    日本人は、列島を行ったり来たりしているのですね。私の先祖も江戸へ出て、その子が、また
    養子として戻ってきています。


    [No.653] きちんと逃げる。 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/19(Mon) 09:55
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    広瀬弘忠:きちんと逃げる。 アスペクト(2011.9)

    著者は東京女子大学名誉教授で専門は心理学。

    東日本大震災のこと
    特に福島原発のことに関して
    日本政府と東京電力の無責任さを非難し
    国民が自分で自分の身を守らないといけないことを
    述べている。

    心理学が専門なので
    原子力発電所の事故の原因分析がどの程度
    学問的に正確で妥当なのかは不明だが
    危機管理ということで、心理学からみた
    当事者の落とし穴などを述べている。

    津波予測についても
    気象庁の最初の予測がはずれて
    状況がわかってくると、より真実に近い予測に改められ
    そのあとも修正する形で、関係者へ発表していったのであるが
    最初の予測が与えた影響は大きかったようだ。

    大きくない、逃げなくてよいと思った住民
    それは気象庁の最初の津波予測の誤った情報のせいだ
    ともいえるのだが
    住民も人任せにしないで、自分でも海岸の様子を見にいったた人は
    すぐ逃げたという。
     海岸地域の人は毎年避難訓練しているから慣れていた。

    この本の中で
    著者は
    ボランティアツアーは日本特有のものであると述べている。
    海外のボランティアの場合は数週間から数か月単位で参加するのが普通で
    みんな長期休暇をとっているという。
    日本の場合は2,3日のボランティアツアーが多い。

    そんなに短くてはたいして役には立たないのではないか。
    しかし、職場を長い間留守にもできないだろうし
    体験するということはそれなりの意義があることだから
    日本のボランティアツアーもまあいいだろうと著者は述べている。


    [No.652] 徒然草を解く 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/19(Mon) 09:34
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    山極圭司:徒然草を解く

    徒然草の作者の吉田兼好は
    枕草子の愛読者だったらしい。
    清少納言を高く評価し影響を受けたと
    この本の著者は考える。

    吉田兼好は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての人。
    本名は卜部兼好(うらべ かねよし)。

    実家の卜部氏は古代より卜占を司り神祇官を出す神職の家柄であり、父兼顕も吉田神社の神職であった。
    堀川家の家司となり、正安3年(1301年)に後二条天皇が即位すると、天皇の生母である西華門院が堀川具守の娘であったことから六位蔵人に任じられる。
    従五位下左兵衛佐にまで昇進した後、30歳前後に出家する。

    おそらく政治の世界にいやけがさしたのだろう。
    あるいは勢力争いにまきこまれる危険を避け保身のためだろう。
    そのおかげで安泰な生活をおくれ、後世に残る作品ができた。


    [No.651] なぜか人生がうまくいく人の理由 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/18(Sun) 19:19
    [関連記事URL:http://htぜかtp://

    多湖輝:なぜか人生がうまくいく人の理由

    今現在も人間関係を築き続けている人はうまくいく
     人生がうまくいく人は、友だちを大切に考えている。友情は財産と考えてもいいのではないだろうか。
     美食家で陶芸家でもあった北大路魯山人は、友だちと呼べる人は少なかったようだ。
    その原因は口の悪さだった。たとえば寿司屋では、ひたすらネタの悪さをこきおろす。
    寿司職人が魯山人だからと我慢しているのをいいことに、言いたい放題言って引き上げるのだという。本人は行きつけの店と思っていた寿司屋の主人が「顔も見たくない常連客」というようなことを言っていたという。
     あるいは、先輩の陶芸家の作品を見ては「ひどいできだな」とけなす。「この中で少しましなのはオレの作品ぐらいだ」と言い放ったという。
     このようなことから晩年は訪れる人もなく、一人寂しく土をこねていたという。魯山人はたしかにすばらしい作品を遺した。
     しかし、彼の人生は幸せだったなと考えると、必ずしもそうとは言えないのではないだろうか。
      友だちはたくさんつくりたいと考える著者も、魯山人のような人は敬遠するという。友だちという財産を減らされることを恐れるからだという。

    年賀状を書くのが苦痛になった著者は
    還暦を迎えたのを機会に
    年賀状を出すのをやめてしまった。
    すると気分が良くなった。

    傷だらけの英空軍機が教えてくれた
    「頭の体操」式問題解決法
     第二次世界大戦、イギリスの爆撃機は、優秀なドイツの爆撃機の
    追撃を受けて、イギリスに帰ってこられない未帰還機が続出した。
     どうしたら飛行機を無事帰還させることができるか。
    いったい飛行機のどこを補強すればいいのか。
     まず、銃弾に傷ついて帰還したイギリス空軍機が集められた。
    補強は機体を重くしてしまうので、できるだけ補強箇所を絞り込む必要がある。
     どこにより多くの銃弾が当たっているか、一機一機チェックされ
    補強箇所が検討された。より多くの銃弾が当たっているところを重点的に
    補強しようというわけである。
     ところが、チェックが終わろうとするとき、一人の技術者がこの方法の致命的ミスを発見した。
     彼は「このやり方では補強にならない」と言った。
    これらの飛行機は、銃弾に傷つきながらもともかく帰ってきたのである。
    この技術者はそのことに気がついた。つまり銃弾が多く当たっていても
    そこは致命傷にはならないということになる。
     飛行機にとって致命傷は、逆に銃弾が当たっていないところにあるはずだ
    というのがこの技術者の指摘だった。
     たしかに、不幸にしてそこに銃弾を浴びた飛行機は帰ってこられなかったと
    推測された。
     イギリス空軍は、この指摘を元に銃弾が当たっていない箇所を入念にチェックし
    補強箇所を探り当てたということである。
     目に見えるものの中に問題があるとは限らない。むしろ逆に、見えない部分に
    問題の核心が隠されていることが多いという一つの教訓を示す話である。


    [No.650] Re: ひとりで、居酒屋の旅へ 投稿者:   投稿日:2011/12/18(Sun) 18:59
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    男爵さん

    > 太田和彦:ひとりで、居酒屋の旅へ、晶文社(2006)
    >
    > 横浜の野毛の坂をのぼったところにある
    > 三杯屋(武蔵屋)
    > をはじめ全国の気に入った居酒屋
    > の紹介がある。
    >
    > この本を抱えて
    > その店に入ってみようか。

    超有名な人です。TVでも番組を持っています

    偶然ですが先週神戸の「サヴォイ北野坂」というオーセンティックバーへ
    行ったら、先日太田さんが来たと言っていました
    大阪の「堂島サンボア」でも(去年だったか)そんなことがありました


            さんらく亭@甲子園


    [No.649] ひとりで、居酒屋の旅へ 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/18(Sun) 18:35
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    太田和彦:ひとりで、居酒屋の旅へ、晶文社(2006)

    横浜の野毛の坂をのぼったところにある
    三杯屋(武蔵屋)
    をはじめ全国の気に入った居酒屋
    の紹介がある。

    この本を抱えて
    その店に入ってみようか。


    [No.648] Re: 山口瞳 投稿者:   投稿日:2011/12/18(Sun) 17:19
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    画像サイズ: 444×608 (57kB)
    ザックスさん こんばんは
    >
    > 酒の本も、オークションで大分処分してしまいましたが、(それでワインを買った)
    > 残っているのに
    >    「酒呑みの自己弁護」がありました。 昭和48年発行。
    > 山藤の絵が楽しいヤツです。

    わたしも酒関係の本はドッサリあっていつか処分しょうと思いながら未練があって一向に減りません(;_;)

    中でも愛着のあるのはこの4冊の文庫本です

    ・「酒 はるなつあきふゆ」   佐々木久子
    ・「酒呑みの自己弁護」     山口瞳
    ・「地球はグラスのふちを回る」 開高健
    ・「ワイン手帖」        ロナルド・サール 開高健監修


            さんらく亭@甲子園


    [No.647] 震災婚 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/18(Sun) 16:17
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    白河桃子:震災婚

    東日本大震災は女性たちの人生観も変えた。

    震災婚 3つのパターン
    ・長すぎた春に決着婚
      震災前からつきあい、結婚をのばしてきたカップルの結婚
    ・吊橋効果婚
      震災で恋愛から結婚への流れが加速
      震災後に知り合い、ひと月で結婚の意志を固めたケースも
    ・絆を形にする婚
      震災で事実婚カップルが入籍
       入籍届は遺産や子に有利
    人間も底つき体験で、本当に必要なものがわかる。

    震災で(残業もなく)妊娠したケースが増加
    「これだけ多くの人が亡くなると、来年はたくさん赤ちゃんが生まれてくるのよ」(ある女性の言葉)

    持たない消費
      高いバッグも食器もむなしい(ことがわかった)
      (被災した)持ち家より借り家のほうが費用が安い
      「断捨離」で部屋がすっきりしていれば、崩れた本棚も割れた食器もなし

    高い美容液はもう買わない、放射能とか生きる方が大変で、美容などどうでもいい

    震災後は財産になるような金やダイヤを買いたい人も出てきた

    日本政府への信頼感はなくなった。
    この著者は1998年インドネシア・ジャカルタでスハルト政権崩壊時の
    暴動を体験している。
    緊急帰国した7000人の日本人の一人だった。
    そのとき、日本政府は有事のときに頼りにならないと思った。
    7000人もの日本人が数日の間に粛々と帰国便に乗れたのは
    駐在員を送り出している日本企業のおかげで
    個人で滞在する人はかなり大変な目にあっていた。
     今回の原発事故で、政府への信頼感と日本というシステムへの信頼感がなくなった。

    元カレからのメールがきた人は多い。
    (元カレに送ったメールは少ない)
    女は今しか考えない。
    男は過去をひきずっている。


    [No.646] Re: ミトコンドリア・イヴ(2) 投稿者:   投稿日:2011/12/18(Sun) 16:14
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    Kenzaさん、こんにちは。

    > M7a は、日本人全体では8%ですが、南に偏っていて、沖縄では25%にもなるのですね。

    このあたりのことは『日本人になった先祖たち』に詳しい説明があります。サブグループ "M7a,b,c" の東シナ海を中心とした地理的分布、"M7a" の頻度が南高北低であることなどは、篠田さんの研究成果であると思います。
    私は東北の出でして、遠い祖先は、2万数千年ほど前に当時陸地であった東シナ海で誕生し、沖縄列島から本土列島を北上して、東北に辿りついたのだと思っています。

    つかぬことをお伺いしますが、講演会場は名古屋の「椙山女学園」だったのではないでしょうか? であれば、どうも二度とないような機会を逸したようです・・・実は母方の祖母(1893−1966)とその姉は、故郷の宮城を出て、「椙山女学園」(創設時の名称は知りません)で教育を受けました。いうまでもなく "M7a" は祖母由来のものですから、聴講していればゆかりの地で一族(笑い)の話を聴くことになったのでしたが。




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