「村松の庭訓を胸に 平和の礎となった少年通信兵」・6
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「村松の庭訓を胸に 平和の礎となった少年通信兵」 (編集者, 2009/2/8 9:23)
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編集者
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訓育は降る雨の如し
十二期 山 本 内良二
衛兵勤務に就いていた時のことである。長く感じられた一夜が明け、朝から雨が降り出した。営外居住者の殆どが校門を入り、緊張感がほぐれた午前八時頃、突然正門外に勤務していた衛兵の声、「整列」と号令がかかった。
予期はしていたものの、控えの衛兵は、あわただしく銃をとり、全員衛舎前に整列した。横目で校門の外を見ると、乗馬の高木校長が、約五十メートルの前方に悠々と馬を進めておられる姿が見えた。
少々整列をするのが早過ぎた感じはあつたが今更どうすることもできない、雨は容赦なく全身を濡らす、銃口から雨水の入るのが痛わしい、一刻も早く校長が校門へ入られることを心から願った。
この様子を見られた馬上の校長は、少しでも早く通過してやろうとの親心から、馬をせきたてられた、だが馬は少々老年の軍馬であったのか、駆足をはじめて間もなくのこと、石にでもつまづいた様子で、急に馬首を下げ前足の膝を地についてしまった。途端に校長は手綱に引かれて、馬上から振り落とされてしまった。
整列していた先頭の衛兵、二~三人が反射的に飛び出して行き、倒れた校長を助け起こした。ご存じのとおり校長は戦傷のため少し足がご不自由なお身体であるだけに気になった。幸いに怪我はなかったらしく、馬は馬丁に委《まか》せて、こちらに歩いてこられる。
「整列」の号令をかけた衛兵と、衛兵司令の顔面は、特に血の気を全く失しなつている。我々衛兵もどうなることかと生きた心地はしなかった。雷の落ちるのは当然と覚悟した。
「敬礼」が済んで、校長は、衛兵全員を衛舎内に入れさせ、ご自分は屋外の雨の降る場所に立って、なにごともなかつたような、穏やかな口調で、
『「整列」が少し早過ぎたな。皆が雨に濡れると思って、少しでも早く済まそうと思ったところ、こんなことになってしまった。今後は、一番こちらの電柱のところに来てから「整列」 をかけるようにせよ。
必ず、申送り事項として忘れずに、落馬のことは内密に』と、懇篤に、具体的に、注意、諭された。
「冷汗三斗のおもい」《注1》で聞いていたが、校長が立去られ、皆は、ほつと安堵の胸を撫でおろすと共に、漸く生気が蘇《よみ》がえったことは言うまでもない。この事実は、内々裡に結末して、当日の衛兵勤務以外は誰も知らずに終了した。
若しあの場合、高木校長でなく、他の人であつたらどんなことになっていたであろうか、単なる、その場の注意だけで済むことではなかつたと思うにつけ、高木校長の仏のような慈愛に溢れた、その人格を、目の当りに見て、尊敬の念を、一段と募らせる出来事であつた。
村松少通校の将校は、口癖のように「此処の将校団はどこの将校団よりも、和気あいあいで、みんな意気投合していて実によい」と、また、他から着任される方々の第一印象もそうである。と聞かされた、特に最近着任された、生徒隊長は、「以前から此処に来たいと、希望していたが、それが実現できて非常に嬉しい」と喜んでおられた。
以上のことを綜《そう》合して考えるとき、これは一重に、高木校長の人徳の至す所以であろうと。
以上 「昭和二十二年私の随想記」 から抜粋
注1 冷汗三斗(れいかんさんと)のおもい=恥ずかしさや恐ろしさのためにひどく冷や汗をかくこと
十二期 山 本 内良二
衛兵勤務に就いていた時のことである。長く感じられた一夜が明け、朝から雨が降り出した。営外居住者の殆どが校門を入り、緊張感がほぐれた午前八時頃、突然正門外に勤務していた衛兵の声、「整列」と号令がかかった。
予期はしていたものの、控えの衛兵は、あわただしく銃をとり、全員衛舎前に整列した。横目で校門の外を見ると、乗馬の高木校長が、約五十メートルの前方に悠々と馬を進めておられる姿が見えた。
少々整列をするのが早過ぎた感じはあつたが今更どうすることもできない、雨は容赦なく全身を濡らす、銃口から雨水の入るのが痛わしい、一刻も早く校長が校門へ入られることを心から願った。
この様子を見られた馬上の校長は、少しでも早く通過してやろうとの親心から、馬をせきたてられた、だが馬は少々老年の軍馬であったのか、駆足をはじめて間もなくのこと、石にでもつまづいた様子で、急に馬首を下げ前足の膝を地についてしまった。途端に校長は手綱に引かれて、馬上から振り落とされてしまった。
整列していた先頭の衛兵、二~三人が反射的に飛び出して行き、倒れた校長を助け起こした。ご存じのとおり校長は戦傷のため少し足がご不自由なお身体であるだけに気になった。幸いに怪我はなかったらしく、馬は馬丁に委《まか》せて、こちらに歩いてこられる。
「整列」の号令をかけた衛兵と、衛兵司令の顔面は、特に血の気を全く失しなつている。我々衛兵もどうなることかと生きた心地はしなかった。雷の落ちるのは当然と覚悟した。
「敬礼」が済んで、校長は、衛兵全員を衛舎内に入れさせ、ご自分は屋外の雨の降る場所に立って、なにごともなかつたような、穏やかな口調で、
『「整列」が少し早過ぎたな。皆が雨に濡れると思って、少しでも早く済まそうと思ったところ、こんなことになってしまった。今後は、一番こちらの電柱のところに来てから「整列」 をかけるようにせよ。
必ず、申送り事項として忘れずに、落馬のことは内密に』と、懇篤に、具体的に、注意、諭された。
「冷汗三斗のおもい」《注1》で聞いていたが、校長が立去られ、皆は、ほつと安堵の胸を撫でおろすと共に、漸く生気が蘇《よみ》がえったことは言うまでもない。この事実は、内々裡に結末して、当日の衛兵勤務以外は誰も知らずに終了した。
若しあの場合、高木校長でなく、他の人であつたらどんなことになっていたであろうか、単なる、その場の注意だけで済むことではなかつたと思うにつけ、高木校長の仏のような慈愛に溢れた、その人格を、目の当りに見て、尊敬の念を、一段と募らせる出来事であつた。
村松少通校の将校は、口癖のように「此処の将校団はどこの将校団よりも、和気あいあいで、みんな意気投合していて実によい」と、また、他から着任される方々の第一印象もそうである。と聞かされた、特に最近着任された、生徒隊長は、「以前から此処に来たいと、希望していたが、それが実現できて非常に嬉しい」と喜んでおられた。
以上のことを綜《そう》合して考えるとき、これは一重に、高木校長の人徳の至す所以であろうと。
以上 「昭和二十二年私の随想記」 から抜粋
注1 冷汗三斗(れいかんさんと)のおもい=恥ずかしさや恐ろしさのためにひどく冷や汗をかくこと
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編集者 (代理投稿)