鎮魂・西海に、比島に、そしてシベリアへ 17
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鎮魂・西海に、比島に、そしてシベリアへ (編集者, 2012/10/26 7:59)
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編集者
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(参戦記・抜粋) その2
翌朝戻ってみると、重傷者は無事で、私が来るのを待ちかねたように、「怖かったよ」と涙ぐんでいました。一歩も逃げることの出来ない彼は、さぞや恐ろしい思いをしたに違いありません。
もう戦死者の屍臭が辺リー面に漂い始めていました。このまま此処にいては「明日は我が身だ」と思いました。苦しい選択でしたが、私は其処を離れる決心をしました。「薄情な奴」と責めた昨日の若い兵隊と何等変わりない無力な自分が情けなくなりました。
残った米の中から約2合ほどを今度は普通に炊き、飯金のまま彼にそっと渡しました。顔がこわばりその手が震えました。私は何も言えませんでした。でも、それだけで彼は総てを察知したようでした。「有難う」と言った後、私の顔をじっと見つめていましたが更に小さな今にも泣き出しそうな声で「さよなら」とつぶやくように言って顔を伏せました。
私はいたたまれなくなり、足早に其処を離れました。勿論、行くあてもありませんでしたが、彼が飯盆の飯を食べ終わった後のことを思うと身を切られるように辛いのです。膝の傷もきっと痛み出したことでしよう。そしてヽ誰もいない密林の中で食い物もなく苦悶の末、孤独に死を迎えたに違いありません。
思い出すのが辛い。彼の名前も、出身地も一切聞いていないのです。
その時、私自身まさか生還することが出来ようとは夢にも考えていませんでした。しかし、今になっても、顎をもぎ取られながら、息が絶えるまで、尾崎!尾崎!と何度も何度も呼び続けた小松君の悲痛な声が昨日のように聞こえてきます。
また、私自身の意志で重傷者を置き去りにしたことは、生きている限りその罪悪感に苦しみ自責の重荷を背負い晦恨に苛まれ続けることでしょう。あの奥深い山中で彼らの屍は万斛の恨みを持って今でも野ざらしのまま横たわり、或いは散乱しているに違いありません。そして無念の最期を遂げた戦友達の魂は、何時までも成仏できず、ジヤャングルの中を彷徨い続けているのではないでしようか。