捕虜と通訳 (小林 一雄)第二部・15
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編集者
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捕虜収容所長の獄中日誌(その1)・4
十九日には 「岡田少尉が漏らしてくれた」 として
▽近衛公の青酸カリ自殺
▽戦犯容疑収監者の給与がマッカーサー指令で差し止めになったこと
▽銀行預金も引き出せないこと
▽十二月十五日以後支給された給与は返却を指示されたこと
▽木戸候、大館・東京市長、鮎川義介各氏が同じ棟の地階に収監されたことなどを記載。
「僕の心は暗澹《あんたん》たらざるを得ない。終戦以来、情報局長等が収監者家族には応召者と同様、留守宅渡しで給与を支給し、萬一の場合は戦死者と同じく扱ふ、と云って居たことは単に宣伝、気休めだったのか。家族が飢え死にする。考へると肌に粟を生ずる。みどりは兄宅へ行っても兄嫁が快く迎えまい。一年位は貯へで食へるがそれから後は?」-悲惨な思いだけが中尉の脳裡をよぎるのは当然だったろう。
捕虜に対して良心の限り行動した中尉。いまこの拘置所で受ける諸々の処置が〝かつて捕虜を擁護《ようご》してきた者への対応なのか″と嘆き、怒る文字には涙する思いだ。
「十二月二十日 木曜日 晴
手がしびれる様に冷たい。夕食はうどんが丼に三分の一しかない。やりきれぬ。空腹の辛さ。我々は捕虜にもっと食はせた。食はせる為にどの様に苦労したか。捕虜に食を与へ衣を与へ少しでも楽にとしてやる為に、そして生命を完うして故国へ帰してやる為、二年間休日もなく努力し続け聞き続けて来た。その結果が今日の有様だ。一体自分の何処が戦争犯罪人だ。捕虜の虐待とは反対に擁護者ではないか。(中略)…敗戦、勝てば官軍敗くれば賊。正に其の通りだ。
いや誰も怨《うら》むまい。たゞ運命に黙々として忍従するのみ。アメリカ兵は笛を吹き大声で談笑ふざけ散らしている。(以下略)」
こうした空気の中でも、看守のMPに従って各独房の破損個所を聞いてまわる労役をした。
その看守はよく肥えた二十歳くらいの若い一等兵。つねに口笛を吹き、「ナイスー、ゲイシガール」と独りごとをいう男。だがそんな男でも仕事には厳格で、例えばインクがないと被収容者が訴えても、インクスタンドに少しでもインクが残っていると注ぐことを許さない。「一見呑気に見えても自分のdutyには忠実だ。上官が見て居ても、居なくてもその態度は変らない。恐らくこの調子でB29の上でも口笛を吹きながら忠実に日本を爆撃したのかも知れぬ。面白い国民だ。恐るべき国民だ。彼等が日本人の様にシャチコバッテ居るのを見たことがない」と、鋭い観察記も。
収監されてすでに二十日が経った。十二月二十五日はクリスマス。二十四日のイブから当日にかけて拘置所内はアメリカ兵の歌声、喧騒《けんそう》がつづいたが、眠れないうえに寒さと極端な空腹で、その声は「地獄の鬼どもの声の如く耳につく」「経って行く一刻一刻を、散歩で踏みしめる一歩一歩を、此の苦しみ、此の残虐を脳裏に深く刻みつけて置こう」
「空腹にこたへて踏める凍土かな」
「凍土を歩む将軍遅れ勝ち」
「凍傷を凝《じっ》っと観《み》入ってひもじさよ」
十九日には 「岡田少尉が漏らしてくれた」 として
▽近衛公の青酸カリ自殺
▽戦犯容疑収監者の給与がマッカーサー指令で差し止めになったこと
▽銀行預金も引き出せないこと
▽十二月十五日以後支給された給与は返却を指示されたこと
▽木戸候、大館・東京市長、鮎川義介各氏が同じ棟の地階に収監されたことなどを記載。
「僕の心は暗澹《あんたん》たらざるを得ない。終戦以来、情報局長等が収監者家族には応召者と同様、留守宅渡しで給与を支給し、萬一の場合は戦死者と同じく扱ふ、と云って居たことは単に宣伝、気休めだったのか。家族が飢え死にする。考へると肌に粟を生ずる。みどりは兄宅へ行っても兄嫁が快く迎えまい。一年位は貯へで食へるがそれから後は?」-悲惨な思いだけが中尉の脳裡をよぎるのは当然だったろう。
捕虜に対して良心の限り行動した中尉。いまこの拘置所で受ける諸々の処置が〝かつて捕虜を擁護《ようご》してきた者への対応なのか″と嘆き、怒る文字には涙する思いだ。
「十二月二十日 木曜日 晴
手がしびれる様に冷たい。夕食はうどんが丼に三分の一しかない。やりきれぬ。空腹の辛さ。我々は捕虜にもっと食はせた。食はせる為にどの様に苦労したか。捕虜に食を与へ衣を与へ少しでも楽にとしてやる為に、そして生命を完うして故国へ帰してやる為、二年間休日もなく努力し続け聞き続けて来た。その結果が今日の有様だ。一体自分の何処が戦争犯罪人だ。捕虜の虐待とは反対に擁護者ではないか。(中略)…敗戦、勝てば官軍敗くれば賊。正に其の通りだ。
いや誰も怨《うら》むまい。たゞ運命に黙々として忍従するのみ。アメリカ兵は笛を吹き大声で談笑ふざけ散らしている。(以下略)」
こうした空気の中でも、看守のMPに従って各独房の破損個所を聞いてまわる労役をした。
その看守はよく肥えた二十歳くらいの若い一等兵。つねに口笛を吹き、「ナイスー、ゲイシガール」と独りごとをいう男。だがそんな男でも仕事には厳格で、例えばインクがないと被収容者が訴えても、インクスタンドに少しでもインクが残っていると注ぐことを許さない。「一見呑気に見えても自分のdutyには忠実だ。上官が見て居ても、居なくてもその態度は変らない。恐らくこの調子でB29の上でも口笛を吹きながら忠実に日本を爆撃したのかも知れぬ。面白い国民だ。恐るべき国民だ。彼等が日本人の様にシャチコバッテ居るのを見たことがない」と、鋭い観察記も。
収監されてすでに二十日が経った。十二月二十五日はクリスマス。二十四日のイブから当日にかけて拘置所内はアメリカ兵の歌声、喧騒《けんそう》がつづいたが、眠れないうえに寒さと極端な空腹で、その声は「地獄の鬼どもの声の如く耳につく」「経って行く一刻一刻を、散歩で踏みしめる一歩一歩を、此の苦しみ、此の残虐を脳裏に深く刻みつけて置こう」
「空腹にこたへて踏める凍土かな」
「凍土を歩む将軍遅れ勝ち」
「凍傷を凝《じっ》っと観《み》入ってひもじさよ」
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編集者 (代理投稿)