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チョッパリの邑 (5) 椎野 公雄

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通常 チョッパリの邑 (5) 椎野 公雄

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1
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2007/5/2 8:31
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298
初めて見る鴨緑江

 「もう新義州よ、起きなさい」母に起こされた時には、車窓から朝の太陽が明るく射し込んでいた。
 満州まで行くのだろうか、席を離れない半分ほどの人たちを残して下車。外に出ると、夏服の私たちには涼しすぎるほどの陽気であるが、疲れた身体には心地よい。
 「さあ着いたぞ、ここが朝鮮半島の最北端、街の北を流れる鴨緑江《おうりょっこう》を渡れば満州だよ」プラットホームを歩きながら、両手に荷物を持った父が説明してくれる。
 二日がかりの旅行で疲れた様子の母も「やはり遠かったわね」、そして「でも、もう少しだから頑張りましょう」と我々子供たちを励ましてくれる。

 汽車はこれから先まだ続く旅に備えて、燃料の石炭と水の補給のため暫く停車するらしい。
 駅舎は古いが、大きくて、旅客の数も相当なもので賑《にぎ》やかである。
 ようやく改札口にたどり着くと、会社の人が現地人の”朴”さんを伴《ともな》って出迎えてくれた。
 「総務課の原口と申します。ようこそ、いらっしやいました。お疲れになったでしょう」、「車を用意してありますので、お休みいただく旅館まで早速ご案内いたします」
 二日ぶりながら、日本語を聞いて、何となくホッとさせられる。
 朴さんも、少し訛《なまり》りはあるが流暢《りゅうちょう》な日本語で「さあ、荷物をこちらに」と言って、皆の荷物を受け取り、手際よく車に積み込んでくれた。
 着いた宿は純日本式の旅館。ここで一泊して工場のある北中面・南楊子には明日移動することになっているという。
 「では朝食をお取りいただいて、一体みなさったら、市内や鴨緑江のあたりをご案内いたしますが如何でしょう?」と原口さん。
 「よろしくお願いいたします」父が答えると、原口さんは気をきかせて座をはずし、私たち家族だけでの食事となった。
 旅の疲れであまり食欲もないが、一通り箸をつけると畳の上にゴロリと横だわって手足を伸ばすと、三日間、椅子と固いベッドで縮こまっていた身体が一気に解放された感じで心地よく、そのまま眠り込んでしまった。

 「さあ、出かけましょうか」
 原口さんの声で起こされて、新義州《シンウィジュ》の街の見物へ。
 「街なかは大して見るものもありませんから、先ず河へ行ってみましょう」と案内された所が、父から聞いていた朝鮮半島と満州の開を流れる鴨緑江である。
 半島と大陸を分ける河川は、この半島最長の鴨緑江(アムノッカン・七九〇キロ)のほかに豆満江(トウマンガン)があるが、両江ともに半島最高峰の白頭山(ペクトウサン・二七四四メートル)を分水嶺《ぶんすいれい》として流れ出で、鴨緑江は西南に流れて黄海に達し、豆満江は東北に下って日本海に入っている。
 川幅はどの位あるのか。遠く対岸の満州・安東(現・丹東)が霞んで見えるから、少なくともニキロや三キロはあると思われ、眼下にはあまり綺麗《きれい》とはいえない水が右から左へ滔々《とうとう》と流れて恐ろしいようだ。
 説明によると、上流にダムが出来て水量も大分少なくなったし、近頃ではよほど寒くならない限り凍ることもないとのこと。
 河には満州を繋ぐ鉄道も敷かれた大きな橋がかかり、舗道を人も渡れるようになっている。
 「橋の真中に検問所があり、そこまでは行けますから行ってみましょう」原口さんに促《うなが》されて歩いてみる。
 二十分ほど歩くと、検問所に着いた。そこには監視の朝鮮人・警察官数人がいて物々しいが、見物のみと聞いて、もの珍し気にこちらの様子を窺《うかが》い見るだけで何のお咎《とが》めもない。
 この検問、地図では朝鮮も満州も赤く塗られた日本の領土なのに、と不思議な気がしたが、当時、行政区画の異なる二つの地域間には、あまり厳しくはないものの、人・物資の移動、特に人的資源の管理に制限が加えられ自由に行き来することはできなかった。
 暫く、対岸の様子や検問の状況を見物して引き返してきたが、往復小一時間かかった計算からすると、川幅はやはりニキロ以上はあったのではないかと思われる。
 街へとって返し、薄汚い街並みや往来する人々の様子を見ながら、昨日車窓から見た風景や、奇妙な服装を身に纏《まと》い不可解な言葉を喋《しゃべ》る人たちの中に今自分が居ること、そして釜山《プサン》からこちらずっと嗅《か》がされ続けた臭いが常に周りにある「現実」を、否応も無く受け入れなければならないことを、改めて思い知らされていた。

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編集者 (代理投稿)

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