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チョッパリの邑 (27) 椎野 公雄

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通常 チョッパリの邑 (27) 椎野 公雄

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1
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2007/6/3 7:22
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298
 ブタ小屋を去る日

 九月七日は、それまでの辛酸《=にがい経験》を吹き飛ばしてくれるかの如き「日本晴れ」ならぬ「朝鮮晴れ」。前日までに各家族とも準備は万端で、「いよいよ待ちに待った日が来た」と早朝からあちこちで明るい声が飛び交っている。
 私たちは第二班、十一時の出発というのに七時には朝食も済ませ、前夜準備した荷物を再点検すると、既に早々と、指定された「リュックー個に手提げ二個」を手にして集合し始めた先発家族の見送りに出る。
 またすぐ会えるというのに、肩を抱き合ったり、涙を流している人もいる。

 私が友達三、四人と「じやあ後から追いかけるからな」などと話している所に、同じ二班のマナブ君が、布でぐるぐる巻きにした足を引きずりながらやってきた。
 「どうしたんだよ」と尋ねると、悪戯《いたずら》っぽく片目をつぶって「昨日釘《くぎ》を踏んづけちゃった。ちょっと痛いけど大丈夫だ」。
 こんな時に怪我をするとは不注意だが、したくてやった怪我ではないし、彼の様子からするとさほど心配することでもなさそう。しかしそばにいた私の母が、かっての看護婦らしく「あまり無理しないようにね。錆《さ》びた釘でしょうから、破傷風《はしょうふう》になることもあるからね」というと、「ちょっと見せてごらん」と布を取って傷を診て「まあ大丈夫でしょう。私も一緒だから何かあったらすぐ言うのよ」との言葉で彼も少しホッとした顔になった。

 一班の出発を見送ると、一旦家に取って返し、帰ってくる五台のトラックを待ちながら暫く休憩。改めて家の中を見回し「よくもこんな所で一年過ごしたな」と感慨も一入《ひとしお》である。ロ助(ロシア兵のことを、その後私たちはこう呼んでいた)の襲撃のこと、虱《しらみ》・南京虫《=トコジラミの別称刺されるとすごく痒い》を退治した夜のこと、警察の便所掃除に出かけた朝のこと、ウナギを割《さ》いて食べ苦情を貰ったこと、次から次へと思い出される。
 十一時少し前にトラック五台が帰ってきた。一班は無事に送られたらしい。
 さあ今度は私たちの番だ。
 一台に15~20人が乗り終わると、いよいよ出発。目指すは日本内地、その前に仁川《インチョン》、差し当たっては多獅島である。車はがたごとと動き始めた。


 地獄の出口:多獅島

 途中さしたる出来事もなく、目的地の町に着きトラックから降ろされる。
 既に昼を過ぎていたから、木陰に座り込み、夫々朝作ったおにぎりや団子で昼食をとって小一時間休憩すると、そこから多獅島までは徒歩移動である。皆リュックと両手に荷物を持ってぞろぞろと歩く。父は、弟の手を引く母を助けて一個余分に持っている。一年前、職員社宅から歩かされた時と同様、現地の朝鮮人が物珍しそうに眺めてはいるが、今度はあの時の「チョッパリ」の声はなかった。
 同じトラックに乗っていたマナブ君もびっこを引きながらどうにか歩いている。
 「大丈夫か」声をかけると、「大丈夫だ」と元気な返事。
 一時間半以上かかっただろうか、多獅島の船着場に到着、先発班に合流した時にはもう夕方近くなっていた。
 多獅島には魚獲りにも来たし、多少街の様子は知ってはいたが、船着場はごみごみして何とも汚らしい。どの船に乗るのかと周りを見渡すが、漁船や港内の貨物運搬船が何隻か舫《もやう=杭などにつなぐ》っているものの、外洋にまで出られそうな大型の船は見当たらない。もうすぐ来るのだろうと待ち構えていると、朝鮮人が二人近づいてきて「こちらへ」と誘導してくれる。
 二班を夫々引率して来た日本人会の案内役が、彼ら朝鮮人と何やら話し合っていたと思ったら、皆に聞こえるように大きな声で伝える。
 「これから、この二隻に先はどの二班に分かれて乗船します」見ると先ほど貨物運搬船と思っていた船ではないか。
 長さ三〇メートル、幅一五メートルほどのずんぐりした貨物運送用木造機帆船《発動機つき帆船》。マストは前方に1本、シングルデッキ・ハッチ、小型のエンジンを装備した言わば平水機帆船で、貨物積載《せきさい》量は精々三〇〇トン程度の通称ダルマ船とも呼ばれるもの。平水(近海)の場合帆走で単独航行できるが、通常港内ではタグボートの曳航《えいこう》を要する大型の孵である。
 ハッチ蓋は中央が高く左右に流れるように50センチ幅の板を敷き詰め、上をシートで覆っているが、今は出入りできるように後方1/3ほどが開けられている。
 豪華な旅客船とは思っていなかったにしても、「こんな小さい『舟』で本当に大丈夫なのか」とみな心配顔。「犬死するよりは」と覚悟した上での旅立ちであっても、これでは台風がきたら海の上で犬死し兼ねない。しかしここまできた以上は引き返すわけにもいかず、運を天に任せるより仕方がなかった。
 「それでは家族単位で順次乗船して下さい」
 指示に従って、船に近い者からアブミを渡って次々に乗り込む。
 今度は停泊中の先船に第二班から乗船することになり、列の中央にいた私たちは父を先頭にして乗り移ると、デッキから梯子で三メートル程降りてハッチの中央部に場所を確保する。中は夫々の荷物を傍らに何とか九〇人全員が横になれる広さはあったから、早速薄い毛布を二枚敷いて一家の居所ができた。
 全員が二隻に乗り終わった頃には辺りはもう薄暗くなっていた。

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編集者 (代理投稿)

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