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チョッパリの邑 (32) 椎野 公雄

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通常 チョッパリの邑 (32) 椎野 公雄

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2007/6/8 8:21
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298
 食料と水を求めて夜陰密《ひそ》かに上陸

 こんな僥倖《ぎょうこう=思いがけないしあわせ》があった日も、考えてみれば既に多獅島を出て五日日、当初の予定ではそろそろ目的地に着く頃だが、台風のお陰で未だ半分しか来ていない。食料も多少余分に持って来たとはいえ残りも少なくなっていたから、一回の分量は日増しに減って、皆一様に「腹減ったな」、「何かたらふく食べたい」と思うことが多くなっていた。しかし船の中、しかも脱走者としては食料入手の手段がない。その辺にたくさん泳いでいる筈の魚も道具がないので何ともならない。とにかく残っているものを食べつなぐしか方法がないから身体はなるべく動かさないようにして飢えを凌《しの》ぐより仕方がなかった。

 食料以上に深刻な問題は水であった。夫々に水筒や薬缶《やかん》を持ってはいるか殆《ほとん》どは既に空になっている。頼りの船の水もそろそろ底を尽きかけており、喉《のど》を潤《うるおす程度にしてもこれだけの大勢の人間ではあと一日がやっとの状況。雨でも降れば帆で受けて多少でも貯《たくわ》えることはできるが、量は知れている。現に昨夜も少し降ったので帆を広げて雨を受けてはみたものの、パカチ(大きなウリを半分に切りその中身を抜いて皮を乾かした柄杓兼バケツ)三杯程しか溜《た》まらなかった。

 私達のように健康な者は「ひもじい」、「喉が渇《かわ》く」で多少の我慢はできるが病弱な人、幼児には堪《こた》えるようで、目にみえ衰弱していくのが痛々しい。
 この先、最短でも三日はかかるとすれば、「危険を冒してでも何処かで食料と水を補給しなければならない」と衆議二次、幸いに男手も加わった今晩夜陰に紛《まぎ》れて上陸しようということになった。

 夕方から少しずつ陸地に近づき、辺りが暗くなった頃を見計らって小さな漁村と思しきところに着岸、朝鮮人船員四人を先導役に二〇人ほどが上陸する。事前に鼻薬《はなぐすり=少量のわいろ》を効かせ、若干の金銭を持たせてある船員には民家に飛び込んでトウモロコシや黍《きび》などの食料や水を調達させる間、私達は裏手に回って畠の芋や野菜類手当たり次第に掘り起こす。ついでに喉《のど》の渇きを潤《うるお》そうと薄明かりで水場を探すが見つからない。仕方がないので田んぼに溜まった水の上澄みをそっと手で掬《すく》って口に入れる。綺麗《きれい》ではないし多少の臭いはするが、この際はやむを得ない。
 「あまり飲むと下痢するぞ」と言いながら父達も同じように掬《すく》って飲んでいる。

 船員達、表向きの調達班はいいとして、夜盗の私達は長居は無用と収獲物を手に急いで帰船。水などを運び終えた船員も揃《そろ》ったところで慌しく舫《ふね=二艘ならんだふね》を解いて出航したが、特に「泥棒!」と追われなかったのは幸いとしかいいようがなかった。
 戦利品は皆で少しずつ分け合い、母達の手によって料理された食事は、たらふくとはいえなかったが久しぶりに暖かくて美味しい夜食となった。 

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編集者 (代理投稿)

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