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チョッパリの邑 (22) 椎野 公雄

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通常 チョッパリの邑 (22) 椎野 公雄

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1
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2007/5/29 7:36
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298
 警察署の便所掃除便役

 日本人会の仕事も相変わらずで、便利にこき使われていた。
 そんな仕事のなかで一番嫌だったのが警察署の掃除係。言わば一種の使役《しえき=雑役をさせられる》である。
 十一月も半ばを過ぎた頃だったろうか、或る寒い日のこと。
 日本人会から「警察の掃除係りを要請されたので誰か行って欲しい。大人は工場の仕事があるから何処かの男子に頼みたい」と依頼され、父もやむを得ず引き受けたという。

 「公雄、悪いけど行ってくれないか」。一週間に一度、二人ずつの交代勤務で八人が選ばれたとのこと。つまり毎月一回は行かされる計算である。時間を聞くと早朝の六時から七時との答え。警察署には勿論今まで行ったこともないし家から三〇分ほどの場所だとすれば、家を五時半には出なければならない。今までは文句も言わず何事でもやってきたが、寒いし、怖いし、さすがに物怖《ものお》じして「嫌だ」と父に返事すると「男のくせにだらしない。もう五年生なんだから、それ位のことはしなければ」父は頑として譲らない。母も見かねたように「大人の人は誰も付いて行かないんでしょう? 二人といっても子供だけでは可哀想ですよ」と助け舟を出してくれるが、言い出したら聞かない父の性格も知っているから、それ以上は言葉も続かず「仕方ないか」と黙り込んでしまう。

 翌朝が当番という夜になって最後の反抗を試みたが、父は相変わらず首を横に振るばかり。母も諦めて「辛いだろうけど行って頂戴」と、今度は懇請作戦。私も嫌だが行かざるを得ないと覚悟を決めた。
 しかし、当日五時に母親に起こされ、これでもかと言うほどの防寒着を着せられて送り出される時には、何故こんな目に遭わねばならないのかと涙が出て仕方がなかった。
 父は「気をつけてな」と一言。母もさすがに辛かったのか、肩を抱くように出口までくると「大丈夫よ」というとすぐ家の中へ消えた。涙は見えなかったが、様子から察すると恐らく泣いていたのではなかったろうか。
 同行する友達「シゲちゃん」の家まで迎えに行くと、彼も同じように母親に諭されながら出てきた。
 「おはよう」、「おはよう。じゃ行こうか」。
 お互いに不承不承《ふしょうぶしょう》だから、声もこもりがちである。
 とにかく私たちにとって、こんな時間の外出は生まれて初めて。外は真っ暗、物音一つしない静けさで、しかも寒さは防寒着を通して肌に突き刺さるようだ。怖さと寒さが一緒になって震えは止まらない。彼も私も暫くは無言のまま、首と手をすくめて歩いていたが、何とか早くこの闇と寒さからは逃れたいと途中から小走りになっていた。

 警察署までの道は事前に地図を見て調べてあったから迷うことはなかったが、途中には朝鮮人部落があるのが嫌だった。しかしこの時間では起きている者も少なかったから、幸いなことに「チョッパリ」と苛《いじ》められることもなく、目的地には思ったより早く着くことができて取りあえず胸をなでおろす。

 警察署には深夜当番の警官一人が待ち受けており、日本語で「入れ」と命令するのに従って中に入った。
 中は日本の交番を三つ、四つ集めた程の広さだったから、地方の支署と思われ、少しばかり書類を積み上げた机が五、六個ある大部屋のほか、隣には応接用の小部屋と台所、便所が付いている。大部屋には小さいストーブがあって少しは温かいが、台所や便所は外と同じように寒い。

 警察官の指図に従って、着てきた防寒着一枚と手袋、帽子を脱ぐと早速作業開始である。
 「道具は台所にあるから、それを使って先ず便所からやれ」
 見下したような彼の言葉は癪《しゃく》に障《さわ》るが、命じられるまま台所からバケツ・雑巾《ぞうきん》・タワシを持ち出して作業にかかる。掃除といわれていたから単に部屋を掃いたり拭いたりする程度と思っていたから、「先ず便所」といわれて腹立たしかったが、仕方がない。
 シゲちゃんと顔を見合わせながら、凍ってチョロチョロしか出ない水をバケツに貯めると、先ずその便所から取り掛かった。家でも学校でも便所掃除などやったこともないから、どうやるのか先ず要領がわからない。目の前にある旧式の便器は、大も小も手の施しようがないという程ではないが、汚れて臭い。ままよとばかりに水をかけ、そっとタワシで擦ってみると多少は汚れも落ちるようだ。とにかく「早く終えたい」の一心で、水をかけてはゴシゴシ擦る作業を繰り返し、半分ほどいったところで手の感覚がなくなってきた。一旦手を洗いポケットにつっこんで暖め、また取り掛かる。
 最初のうちは「何故僕らがこんなことをしなければならないのか」と泣き出したい思いで始めた作業であったが、途中からは[寒さと冷たさ]で「汚い・臭い」の感覚も麻痺《まひ》して、ただただ身体と手が勝手に勤いているといったありさま。  

 最後に残った水を土間にぶちまける頃には、涙の出るのも通り越していた。
 二〇分程で便所掃除を済ますと今度は部屋の掃除。こちらは掃いたり、拭いたりで、先ほどと違って楽なもの、とはいえ雑巾がけは冷たくて手は凍りつくよう。
 全ての作業を終える頃、ようやく外が明るくなってきた。
 交代の警察官もきて彼らは二人になっていたが、夜勤の警官が我々の仕事を点検すると、ご苦労さん、でもなく「よし、帰っていいぞ」と独り言のように呟《つぶや》く言葉で、我々二人のおぞましい使役はようやく終わったのである。
 しかし仕事は終わっても、家に帰り着くまでの怖い道程が待ち構えている。
 「シゲちゃん走ろう」、二人して駆け出した。
 息を切らしながら我が家にたどり着くと、両親も心配していたとみえて
 「ご苦労さんだったね」、「偉かったぞ」と労いの言葉をかけてくれる。

 同居人の栗原さんも「公雄君は大したものだ。僕だったらできないな」と、お世辞とはいえ、我が子のように誉《ほ》めてくれた。
 用意してくれていた温かい朝食は、粗末であっても美味しくて、辛かった「仕事」を忘れさせてくれる。
 「それで仕事の方はどうだった?」。
 父の問いに、食事をかきこみながら一部始終を報告すると、母は再び「本当によくやったね。でも便所掃除までとは」というと、あとは声を詰まらせる。父も安心したように笑顔を作りながら黙って頷《うなづ》いている。私にも「辛かったけど役に立ったのだ」という実感が湧いていた。

 

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編集者 (代理投稿)

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