@





       
ENGLISH
In preparation
運営団体
メロウ伝承館プロジェクトとは?
記録のメニュー
検索
その他のメニュー
ログイン

ユーザー名:


パスワード:





パスワード紛失

羽生の鍛冶屋 20 本田 裕 退社への選択

投稿ツリー


このトピックの投稿一覧へ

編集者

通常 羽生の鍛冶屋 20 本田 裕 退社への選択

msg# 1.21
depth:
1
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2012/1/7 6:41
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和40年代、日本は高度成長の時代を迎えた。私は、大手電機メーカーで働いていた。増産増産の勢いが工場の中にも表れ、毎日が残業でそれでも間に合わない位、受注が増え続いていた。臨時工が毎週50人ずつ募集され、私が入社した昭和36年には1600人であったが、埼玉工場の従業員も43年には3000名近くまでになっていた。
 その反面、会社組織の拡大の中で辞める者も多く、組織に順応出来る人、出来ない人が目立つようになっておりました。

 私と同期に入社した30名の内16名が6年間の内に公務員への道を選び夜学から大学へと選択した者、運送業、建築業、洋品販売業、電気部品組み立て業、設備工事など自営業独立の選択をして辞めて行きました。同期の16人が辞めていく中で、私も、いつか独立したい目標が芽生え始め、入社7年目は、一生会社人間でいるより、もっと幅広い経験を積んで独立したい方向に気持ちが傾いて行きました。高度成長の始まった昭和40年代には、仕事には不自由をしない下請けからの起業を起こすチャンスが転がっておりました。私も、今の技術に磨きをかけ、鉄一筋の武者修行の道を歩むことに決意が固まり、入社7年で退社の選択をしたのでした。

 私に多種の技能を学ばしてくれた重電機メーカーを昭和43年3月28日退社・・・さあ、羽生の鍛冶屋はどこへ行く?

  条件検索へ