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羽生の鍛冶屋 本田 裕 29 立ち上る煙

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通常 羽生の鍛冶屋 本田 裕 29 立ち上る煙

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2012/5/29 5:56
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和46年頃、当時を見ると高度経済成長の時代であったと云えるのだが、家電産業の成長、自動車産業の成長が著しく目立っていた。国内需要、輸出の拡大に伴い、それらの機器に付随する、プラスチック、ゴム、合板、塗料、等の有機材料の加工産業も並行して、成長して行った。このほか住宅建築の増加に伴い、日本は裾野の広い産業、経済成長の基盤が出来上がったといえる。企業は増産に伴い生産工場の敷地には、加工済みの残材が積まれていた光景を仕事がら、目にすることが多かった。私が勤めていた建設会社は、鉄、非鉄金属の回収もしていたことから、依頼を受けたところの町工場に、鉄屑などを度々引き取りに行った。また、東武鉄道の耐用年数の過ぎたレールや、型式の古い放送機器を内幸町と渋谷のNHKの放送センターにも、2トン、4トントラックで引き取りに何度か行ったことがある。

 日本の技術は進歩を続け、世の中に新製品が続々と出て、高度経済成長は消費社会の中で流行を早めて行った。その結果、増え始めたのが廃材と称する「ごみ」である。私の住む北埼玉にも行き場をなくした建築廃材、タイヤ、建設残土が雑種地等に高く積まれた光景が、あちこちに見られた。

 大きな工場の煙突からは、ボイラーを焚くために重油を燃やし、灰色の煙が上っていた。、今では考えられないことだが、リサイクル産業が整備されていなかった当時は、行き場のない、ごちゃ混ぜの廃材を燃やしているのか? 田んぼの彼方に高く立ち上る、煙の光景が何本も見られたものである。

 昭和40年代、日本の高度経済成長は環境問題を後回しにし、資源を大量に消費して、世界のトップを目指していた時代であったのではないだろうか。

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