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心のふるさと・村松 元少通生らが寄せる村松への思い 26

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通常 心のふるさと・村松 元少通生らが寄せる村松への思い 26

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2014/2/18 9:10
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 私の三月十日  その3

 此の夜、私は、上野駅から新潟行列車に乗って中浦原郡の村松まで帰らなくてはならなかった。三月十一日が卒業休暇の帰校日なのである。現在でもこの時のことを想い起こすと、胸の中が締めつけられて痛くなってくる。

 あの惨憺たる空襲の惨状を目のあたりにした私には、両親を残して比の厳しい時期に、東京を離れる事は非常に辛く、そして耐え難い悲しい気持で胸が張り裂けんばかりであった。而し現実は酷しい。意を決して七粁余の余燵くすぶる焼けた路を上野駅へと向った。

 隅田川に架る言問橋の橋上には、彩しい自転車や、リヤカーの残骸に囲まれた消防自動車が四台、折り重なるようにして焼けただれた姿を晒していた。松屋百貨店は、未だ黒い煙りを七階あたりから吹き出して燃えていた。大きく立派だったあの観音様の御堂も、今はその姿さえも無かった。田原町附近には都電が骨組みだけを残して立往生をしている。鉄筋で出来ていた銀行や警察署の建物は外壁だけを残し、木造の民家は全くその影すらも留めてはいなかった。華やかであった町並みも今はただ、真黒に焼崩れて広々と、どこまでも広がって眺められた。

 上野駅は罹災をした人達でごった返していた。誰の顔も火に焙られ、煙りのすすで真黒にくすんでしまっている。眼は真赤に充血し、髪の毛はチリヂリに焼けこげて半ば放心状態である。着ているものもほとんどが焼けこげて穴があき、履物など満足にはいている人は少なかった。そして両手両足なども表に出ている部分は全部が真赤にやけただれて、顔も大きく腫れあがっていた。少しばかりの荷物やトランクをさげた人。炊事道具だけを持っている人。何も手にしていない人。見るも無惨なその姿は実に気の毒であった。男も女も、大人も子供も。

 そんな哀れな姿の羅災者の中で、無傷の侭で一緒に並んで居る軍服姿の私に、何んとも云うに云えぬうらめしさと、怒りをふくんだ複雑な視線が、徐々に注がれてきたのであった。
 私には、この人達に同情は出来ても、今ここで此の人達に何もしてやる事は出来ない。そう思ってくると気の毒な気持が身体中に広がり、どうしても此の場所に居たたまれなくなってしまった。傍に疲れきってしゃがみ込んでいた幼い子供の手に、そつと雑嚢から出した握り飯の包みを持たせて、その場から静かに離れ、駅員に頼んで一人ホームの中に入っていった。

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