歌集巣鴨・2
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編集者
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春
窓の外にかがよう春よ言もなく鉄扉拭きゐる囚人われは 谷本 俊一
薄明におのが卑小を歎くとき宇に韻(ひび)かふ鶯のこゑ 同
竹筒にさして置きたる白梅の蕾一つが今朝開きたり 立石 善次
春暁は床臥し寒しうらうらと天(あめ)に雲雀の鳴きそめしかも 桂 定次郎
風もなき春のうらら日照りしけば土手の小石もまろび落ちつつ 梨岡 壽男
石垣の石をめくりてこの夏の陽覆とすべき南瓜蒔くなり 安達 孝
假釈放(ぱろーる)の事にふれつつゆく庭の櫻新芽はふくらみにけり 宮武 都夫
春されば日の本なれやうらうらと囚屋の庭もさくら花咲く 加藤 三之輔
限りなくわが思慕のびよ黄昏を桜花びら地(つち)に浮きたつ 大槻 隆
華やぐ日吾が生(よ)にありやチューリップの朱は燃えたつ牢の狭庭に 下田千代士
チューリップ花閉ざさむとする夕べ雷どよもして行く春の雨 炭床 静男
生(よ)を厭ふこころ萌して外に佇てばつつじは赤く咲き揃ひたり 大城戸 三治
布団乾しに出でたる庭に一むらのさつきの花のさゆる紅(くれなゐ) 保田 直文
塵芥車押しゆく吾に沈丁花匂ひながれて閑(しづ)かなる街 大神 善次郎
病む友の枕辺にフリージャの花立てて講和も近きニュース聞かせぬ 林 廣司
薄切れのうどの酢味噌を食みければ気もすがすがし春の香りは 清水 利行
徒らに日は過ぎゆきて君を思ふひとやの宵を木瓜の花散る 田中 勘五郎
音もなく春の雨降るアメリカの旗日の午后を家に手紙(ふみ)書く 野口 悦司
手折り来し木蓮の花香を放つ獄の小床に身をのべし時 樋口 良雄
よきものはほとほと絶えて此の國は春の花のみあえかに咲ける 伴 健雄
五年の苦難に生きて今日久に天皇誕生日の羊羹を食む 橋本 壽男
雨宿る積りにや濡れし子雀のつと寄りし花の蔭に動かず 関 一衛
何時しかに心和めり小雀の羽根ふるはせて餌を受く見つつ 西山 清
小鳥の家窓はさされて内ごもる声々ゆゑにわが佇てりけり 梨岡 壽男
春深き獄庭(には)にたまゆら影さして大き鴉が飛びゆきしかな 高橋 丹作
穴に住む獣のごとく眼はあけて春の嵐をわびしみゐたり 宮武 都夫
新しき世にさからはず生きむと思う春の夕べの雲動きつつ 本間 八郎
反逆のこころゆすりし春雷のはや遠のけば涙ぐみをり 福岡 千代吉