歌集巣鴨・17
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編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
思 郷
しのばなむ耐へて生きなむたらちねに盡すべきこと多きこの身は 橋本 孟
わが母と離れて住むは幾歳ぞ只一度孝行と云うものをしてみたきかな 星川 森次郎
医者の業強いて続くる老いし父思へば牢に年は経にけり 大島 宗彦
病む父のみ手とらむ日のありやなしや夕茜空しづかに昏れぬ 鳥巣 太郎
七十余り五つの齢めでたくも母は現つに生きて在はすも 長田 邦彦
目の前に逢はねど家に老母(おいはは)の待ちます我を幸とせむ 井上 彦次郎
吾を待つ母は気丈に三度まで六十路を越えて病癒しぬ 片山 謙五
誠実に生きて甲斐なき半生と言ひやればまた歎きます母 小林 逸路
春されば蚕飼に疲れし母なりき獄の狭庭にうるる桑の実 本間 八郎
便り絶えて仰ぐ家郷の空遠し八十路の母は如何おはさむ 酒瀬川 眞澄
亡き母の面影追へど幼くてわかれしわれは夢にさへ見ず 伏見 鎮
黒姫の遠嶺にしろく月照る夜母は淋しく逝き給ひけり 中庭 顕一
しぐれの雨しとど染み入る土深くちちのみの父斂められけむ 佐々木 勇
凍雲(いてぐも)の茜はさびし父が忌の夕の鉄窓(まど)にわが佇ちつくす 同
いまだ見ぬ吾子の寫真をみつめつつ妻を稿ふ心湧き来ぬ 小牟田 眞
病める児の脈さへ診ずて医者父のわれ堪ふべしやさだめなりとも 中原 獅郎
かくりゐのよとせのうちに吾子二人ついでなくしてなほし苦しむ 同
ともすれば崩(くずお)れなむとするときを吾子の名呼びて心支ふる 長田 邦彦
身心(しんじん)を汝に傾け老いましし母をいたはれ娶りて後も 下田 千代士
手を引かれ振り返り振り返り帰りゆく吾が児に似たる幼児があり 橋本 孟
天地の変化厳しき中にして子等ことごとく恙なく居り 小山 貞知
健気なる言聞くものか父が目に稚きものも世と闘へり 伴 健雄
けなげにも吾に蔭膳そなふてふ吾子(あこ)をし思へばありがてなくに 星川 森次郎
わが便り己が師に見せてほこらかに父ありと云う子らのかなしさ 瀬戸山 魁
この空の遠(とほ)の果てに妻子あり只それのみが今日の幸福(さきはひ) 吉永 獅太郎
いささかの秋繭を売りて背廣買ひわが出獄を日々に待つとふ 清水 利行
重ぬれど安き日はなしさかりゐて乏しく暮す妻子思へば 中田 義久
妻の切髪を携行入所す
ここにして吾れ妻と在り(あり)掌中(たなうち)のこの黒髪はたましひかもつ 谷本 俊一
或時は香りも高きくちなしの眞白き花と思ほゆる妻 加藤 三之輔
送り来し書籍をくれば吾が妻の誌しし赤き傍線十余 栗原 吉生
燃ゆることつひになかりし十年経て今限りなく妻を愛せり 藤原 清太郎
十年をかへりみざりし故郷の人如何なればかくはあたたかき 古木 秀作
「帰り度いなー」と叫ぶ若人の声聞けばわが老いし胸裂けむとすなり 額田 坦
吾がかへり待てる友あり此の夏はキャンディを賣りて生活すと云ひ来 大島 宗彦
雪解水すでに澄みつつわが峡のかへるでの芽も萌え出づらむか 長谷川 義男
滾れ落つる湯の音ゆたに目を閉ぢて故郷の山温泉(いでゆ)恋ほしむ 西田 二夫