歌集巣鴨・32
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編集者
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馬 来
星港は程近からむこのわたり水は濁りて海蛇の浮く 城 朝龍
(往航船中)
黄草原見も斑らなる下萌えにわが葉の夏は再たも来にけり 宮脇 文雄
(星港オートラム二首)
ゆるぎなき大地に立ちて何の苦ぞとこの朝風を胸一杯に吸ふ 同
歌会もつこともありけり朝風の吹き来る獄の庭先にして 藤井 富夫
(ビルマ)
ちかちかと跣足に痛し照らふ日に歩道は焼けて房につづけり 吉井 啓祐
(星港オートラム)
陽を反(か)へす手錠の腕は組みゐつつ向日葵の花の前を通りぬ 若松 斉
(星港チヤンギー二首)
監房の所在なさには寝てゐつつ壁に足などのせかけてゐる 同
大空は夕茜して暮れゆけば闇の空虚(うつろ)に半迦くむ吾 藤井 富夫
(ビルマ)
新しき繃帯ぎれをかすめきて夜の更けてより縫ひものをする 若松 斉
(星港チヤンギー三首)
綱窓に押し照る月の光(かげ)掬めば暫くは掌をひろげてをりぬ 同
ここに住む同胞ありて差入れくれし情の品をじっと見つむる 藤井 富夫
筑紫なる大野の山にたつ雲を見つつも母の吾を待ちまさむ 鬼倉 典正
(星港オートラム)
常(いつ)よりも早く目覺めし房の中歯の金冠はもろく落ちたり 若松 斉
(星港チヤンギー三首)
恥多き己れ悔いつつ夕まけて埃つもれる経をとり出(いだ)す 同
生きの日の貧しさつぐる吾が妻に最后の医書を賣れと書きたり 同
淋しきは小雨降り込む夜の房に狂ひし友の我が名呼ぶとき 横田 昌隆
(星港オートラム二首)
今の苦をのがれ得むかに欲る移管巣鴨もただに獄と思へや 吉井 啓祐
その昔御朱印船の通ひたる呂宋の島を目交にして 城 朝龍
(帰還船中二首)
やがて会ふ友思ひをり船艙の小暗さのなかに汗にあへつつ 鬼倉 典正
悪びれずタラップを下り夏の陽の祖國の土に歩を運びたり 同
(横浜埠頭)