歌集巣鴨・8
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編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
作 業
足もとの落葉ふきあぐる木枯の寒けき朝を列に並べり 中原 獅郎
刺すばかりひゆる朝の舗道(いしみち)に水耕班のトラックを送る 鈴木 義輔
死棟出で来し人にかあらむ列の中にきわだちて白き面ざしの 田中 徹
白茶けて堅くなりたる靴履きて作業の列に今日も並びぬ 高橋 丹作
あわれ吾が箒に触れしこほろぎはしばらく経ちて跳びたちにけり 福島 久作
(清掃班二首)
石蕗の咲きたる庭を掃き清め物思ひをり心しづけく 最上 善一郎
くろがねの扉はいましひらかれぬ巷明るき春の大路に 本間 八郎
労役の鍬の手止めて老母(おいはは)と他人(ひと)の姿を暫し眺むる 森 文一
(農耕班)
堆きパレット材料の山一つ忽ち消えぬ製材機が来て 橋本 孟
(荷枠班)
銃口の威圧を背(せな)に感じゐて有刺鉄線(バリケート)張りゆくくもり陽の下 岩沼 次男
有刺線の柵の内外(うちと)に声ひくく恋愛をする人を見にけり 安達 孝
石割の塵を拂ひてふり仰ぐ空寂しもよ眞日は高きに 長谷川 義男
(砕石班二首)
重き石運びて荒れし掌に花一片(ぺん)を摘みて帰りぬ 片山 謙吾
ポケットの妻の手紙を時折に思ひ出でつつ烙鉄を打つ 中庭 顕一
(鍛工班二首)
煤煙のしじに流るる下にして南瓜は黄なる花をつけたり 同
雄心の消ぬと揺ぐとあらなくに菊を育てて日を送るかも 伴 健雄
(花園班)
霜を踏みて瓦礫曳きゆく老囚の車は重し石畳路 石松 又助
病院の廊下掃きて集めし塵の中に白蟻が一匹うごめきゐたり 小林 宗平
(病院六首)
くりかえし床(ゆか)の靴跡拭きつづけ夜は針金のごとく眠りぬ 大石 鉄夫
TB菌紅(あけ)鮮かに視野に出づ我が牢愁のひらくにも似て 森 良雄
喀痰の結核菌を染め出でしとき細りし君がおもかげにたつ 宮武 都夫
ラッセルを聴き取りながら術もなく言葉濁してわれは立ちにき 田代 友禧
呆然と佇てゐる狂者憫(あわれ)めば萎へし魔羅も洗ひてやりぬ 樽崎 正彦
秋雨に濡れて働く我々に一人の婦警が会釋しにけり 酒瀬川 眞澄
寂しければ今宵は汽罐につきをりて機械の如く炭殻(がら)かき出だす 足立 福三郎
(ボイラー班)
たへがたき忿りに耐へて米兵が遊びに投ぐる球拾ひつぐ 福山 勝好
(ボーリング班)
双手あげて検査の列に従へり鳩の群れ舞ふ空は昏れつつ 田中 徹
労役終へ帰りし房に吾一人壁に向ひて作業衣換ふる 長田 邦彦
格子窓ゆ差し入る月の光(かげ)冴えて夜業の人等帰り来りぬ 野口 悦司