歌集巣鴨・19
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編集者
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感 懐 (その二)
自由とはかくの如きか米兵とはしゃぎ居る娘(こ)の唇朱し 田中 鎌太郎
海の涯のアナタハンより還り来し新聞記事をくりかえし読む 北田 満能
劇場に切符売りつつ貞節を通しし女(ひと)に夫還り来ぬ 同
善し悪しは問はず心の涌くままに決行する奴憎し羨まし 関 一衛
斯くまでの酷さに堕ちてなほ覚めぬ自我のみに生くる心悲しき 木田 達彦
幾度か死を決したる敗戦後の日記を出して読みかへしをり 田中 徹
罪もなき罪の汚名に居るわれに苦しみ抜けといふ声のする 福岡 千代吉
一生(ひとよ)かけて求めし幸福(さち)は思はねど雨降れば房の壁より冷ゆる 同
暗き歓喜にひたれるものよエロイカの流るるままに吾はあらなく 大石 鉄夫
掌(て)にとれば小石も重しひしひしと物の一途の意志を傳ふる 同
アジア的あきらめの語をさながらに年月長く牢に生きをり 長谷川 義男
戦ひに果てにし友あり新妻を娶りしもあり吾は獄に居る 山本 福一
論(あげつら)ひさからふ日々を過し来て齢(よわひ)三十に近からむとす 前田 時男
来春は獄を出でむとさだかなるものの如くに語りあへども 西田 二夫
過ぎし日は怒りもなべて美しき半生(はんしょう)の悔をさらさら思はず 谷口 武次
今はただ疑ひもなく五年のひとやの日々をうべなひてをり 酒井 光
ありたけの声はり上げて見たしとも思ふことあり獄の疲れに 宮崎 博
國破れ戦犯となりて現し世に在り甲斐もなき生きやうをする 伊藤 忠夫
「耐へ難きに耐へよ」と聞きて此の六年牛馬のごとく生きて来しかな 橋本 寿男
人影の乏しき浜に寂しみて展(ひら)けし海をいつの日に見む 梅林 正治
我が夢も小さくなりぬ山深くこもりて炭を焼かむことなど 西田 二夫
歌よみの作り歌よりわが妹の稚き歌をわれはたふとぶ 保田 直文
いきどほりもはたさぶしさもいまはただ思ひ出となる歌のかずかず 布施田 金次郎
ひたすらに家守る妻にわたくしの感傷の歌はつひにおくらず 長谷川 義男
喪はれゆく「人間」と悲しめるわだつみの底の声はきくべし 同
かぶさりくる運命の波を超えゆかむ意志の力も疲れ果てにき 梨岡 壽男
人の生(よ)の虚妄に疲れはてし身の思惟さへ断ちて白晝を眠れる 同