歌集巣鴨・34
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編集者
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支 那 (2)
生活の日々
若茄子を朝に炊くと取り出でて水にひたせば透る紫 丸山 茂
(上海二十四首)
水道の蛇口に奔る水音を清(すが)しと聞きて朝に米とぐ 同
片割れの月かげ残る溜池に豆腐作りの水を汲みたり 同
うちけぶる草に雨降るひねもすを隣に絶えぬ米搗の音 伴 健雄
(自営精米)
まがね吹く鞴の焔青く燃え鍛冶場の晝をわくら葉の散る 大西 正重
(煉工)
申辯書ひとり書く夜は更けゆきて枯野をわたる秋雨の音 門屋 博
病篤き囚友をみとりて今宵またひとりしみじみ秋雨を聴く 長谷川 稔
幽囚の哲理を説きて寝し友の夢路羨しき小夜嵐かな 長谷川 寿夫
寝返りの鎖の音に夢さめて房の小窓に星光冴ゆる 下地 恵修
風寒き囚舎の宵を黄にともる蝋の涙の凍りけるかも 梨岡 寿男
戦勝を説く支那兵の軍服に呉軍需部と書かれてありぬ 菅谷 瑞人
古びたるペンを拾へるこの我に異國の看守新しきを呉れぬ 今藤 好雄
素人芝居の年増女の友の顔おもはゆ気なり吾を見て笑める 寺田 清蔵
くさぐさの文は焚きたり夜を一夜明けては立たむ大空の下に 大西 正重
出でて行く友を送りて獄房のつめたき土間に一人佇つわれは 長谷川 稔
ブロマンの見ゆるわたりは虹口(ホンキュー)か吾が住み馴れし懐かしき街 安野 秀岳
囚われの身にしあれども吾が心ゆたかにあれと土耕しぬ 門屋 博
捨てられし軍馬はかなし野に出でて日ねもす麦の穂を喰みてをり 同
昨日(きぞ)降りし烈しき雨にクリークの岸の枯草水に隠れぬ 本田 同
麦畑に残るトーチカ幾とせの雨にくづれて芝萌えにけり 安野 秀岳
今朝ふれる雨の静けさよよるべなき軍馬青草を喰みつつ濡れをり 酒井 正司
吾が戦友と野山駈けりし弾薬車銹つきてあり江湾の駅に 今藤 好雄
襤褸をもて荷紐を今日は作りけり祖國に還る日の近づきて 田中 勘五郎
戦犯てふ活字いち早く目に入りぬ菓子を包める支那新聞紙 富高 増木