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捕虜と通訳 (小林 一雄) (2)

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通常 捕虜と通訳 (小林 一雄) (2)

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2007/10/31 7:47
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298
 第一章

 運命の出会い

 生涯の扉を開く・その1

 どんな人にも、予期せぬ出会いが、予期せぬ運命の糸で結びつける。それが生涯のすばらしい広がりをみせるチャンスをつくってくれる。

 私にとってそんな出会いにふさわしいチャンスを与えてくれたのは、まず旧制大阪府立堺中学校 (現・大阪府立三国丘高校)の恩師、英語担任教諭の倉西泰次郎先生(故人)だった。きびしい授業のなかに、文明先進国の英語を通じてさまざまな欧米諸国の生活様式や文化をわかりやすく、面白く解説、当時、少くとも欧米の人たちの暮らしぶりの一端をおぼろげながら描くことができた。進学も倉西先生の、うるさいほどの叱咤激励(しったげきれい)があったからこそ、できたのだ、と感謝している。それにもまして世界通用語である英語を通して、地球のあらゆる人たちが〝人間″という共通の、かけがえのない文化で結ばれ、地球という唯一のステージで、つきつめれば同じヒューマン・カルチャー・ライフを演じていることを折りにふれて教わった印象は、生涯、私の心に焼きついて離れない。

 その倉西先生と別れて進学したのが旧制兵庫県立神戸高商 (現・兵庫県立神戸商大)。ちょうど太平洋戦争《注1》の始まる直前、昭和十六年 一九四一)春だった。経済商業の実務学を通じて、生涯の職すなわち食を口にすることができれば、社会の役にも立つはず…という、全く単純、常識的な考えで入学した。
 ところが、入学早々、目についたのは課外活動として積極的な活躍をする勉強会グループ・ESS (英会話クラブ)。これに所属する先輩たちが青い目の外国人教授の指導のもとに、すばらしい英語を駆使して自由自在に日常会話を交わしている。あこがれにも似た気持ちで 「これが私の将来を支えてくれる突破口になれば」 と、ESSへの入部を決意した。矢もたてもたまらず入部を申し込み、すんなりと許可されたことにも驚いたが先輩諸氏がスマートなもの腰、流暢《りゅうちょう=すらすらとよどみのない言葉遣い》な英語で応待したのには参った。気おくれするような気分に陥りながらも、まず入学最初の〝わが道″のゲートを通過した気持ちで、そう快だった。

 それからは授業はまあ、平均的に聴講、一日も欠かさず出席したのはESSだったと記憶している。英語学担当のアメリカ人、ロイ・スミス (ROY・SMITH) 教授が週に一回、ESSに顔をだし、みっちり英会話を教える。下手で慣れない私にもマン・ツー・マンで指導。

 温情味のある口調ながら、日常英語の発音にきびしいスミス教授の教え方は徹底していた。ESS所属の学生は、校内外をとわず、お互いに終始、英語で話すことを義務づけられていた。クラブ活動とはいえ、実に徹底したきびしい規則にしぼられていた。高商時代といえば昭和十六年(一九四一)十二月八日に端を発した太平洋戦争の真っ只《ただ》中。〝鬼畜米英″が国策として叫ばれ、英語は敵国語として忌避され、外国人の英語教師は、まるでスパイ視されボイコットされた時代。それでも私たちESSクラブ員は、校内を出ると近くの喫茶店 (当時、気のきいたこの種の店は稀《まれ》だった)などで、英語を使って雑談しながら、お互い、英会話力をつけ合った。道を歩く時にも英語で話し合う、といったぐあいだった。

 ところが、この英会話、何も事情を知らない、町の一般の人たちからみると、何とも奇妙で、反戦論者がわざと敵国語を使い、反戦をあふっているのでは(?)とすら感じたに違いない。

 「君たち、いいかげんにしろ。米英は敵なんだぜ。英語を使うとはもってのほかや」怒りもあらわに私たちに説教する紳士。「英語をそんなに使っていると憲兵《けんぺい=軍事警察に属する軍人》に引っ張られますよ」こわばった表情でそっと注意する愛国婦人会《=1901年創設の婦人団体、出征兵の世話や社会事業に従事》の会長さん。みんな変な目でわれわれを眺め、わざと避けている風に思えた。いま思えば、何ともバカバカしい。純粋に学生として、世界語である英語会話の力をつけたい一心でやっていた行動だったのに。ESSのメンバーは、学生気質もあらわに、こうした町の空気に反発して、余計に町の中で英会話を話すことにし、全員がよく繰り出して大きな声でしゃべり合ったものだ。


  注1 太平洋戦争  第2次世界大戦のうち、主として東南アジア・太平洋方面における日本とアメ リカ・イギリス・オランダ・中国等の連合軍との戦争
 

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