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捕虜と通訳 (小林 一雄) (32)

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通常 捕虜と通訳 (小林 一雄) (32)

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1
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2007/12/20 8:02
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298
 捕虜軍団の大移動 -激戦の波に押されて疎開地へ・その3

 とはいっても、多奈川からいっしょにやってきたアメリカ兵捕虜たちは、少くとも私と話すときには、そんな悲壮感がなかったように思う。
 それが私の心をホッとさせてくれた。だから彼らとともに語り、いっしょにいると、一種の安堵(あんど)の心が湧《わ》いた。いま思えば、多奈川以来、彼らとはそれだけ深くかかわってきた。
それだけ無意識のうちに絆(きづな)が強まっていたのだろうか。敵の捕虜と、日本軍の通訳という単なる職務上の感覚以上の何かが、彼我の間に生まれていたのだと思えてならない。
 ここでも捕虜の買い出しが行われ、よく町から離れた田舎へ遠出したものだ。といっても随分遠い隣りの町まで大八車《だいはちぐるま=荷物運搬用の大きな二輪車》を引いての、まるで遠征である。山道や田んぼの畔道くらいの小さな道を六、七人のアメリカ軍将校や炊事班のメンバーといっしょに行くのである。春先から初夏へかけては気候もよく、木々の緑や咲き匂《にお》う草花が美しく、おまけにノンビリとした田舎。
 彼らも故郷の民謡や幼い夢をかきたてる童謡を口ずさみながらの行進である。牧歌的な雰囲気の中に、戦時中の息づまるような緊迫感もなく、敵の捕虜と歩いているといった感じも忘れさせてくれるようだった。笑い声さえ聞こえてくる。外国人とではなく、まるで日本人の買い出しと同じような気分だった。
町のほぼ真ん中にある雑貨屋に着くと、最初はびっくりした店の人たちも、事情を知って思わずニッコリ。
 「ママさん、石鹸《せっけん》、上等なのをください」
 「マッチの火のつきやすいの、ほしいですね」
 「野菜は何、ありますか」ダイコンはたくさんありますよ」
 「ダイコン、炊いてもすぐとける。おいしくない。ニンジン、タマネギ、それに果物ありますか?」
 ざっとこんなぐあい。余程、複雑なことでないと私の出る幕もほとんどいらないくらい、彼らは日本語を片言ながら話せるようになっていた。もっとも多奈川の店では、店の人びとも片言の英語を覚えていたが、ここでは、店の人びとは、ほとんど英語がしゃべれない。捕虜たちの片言の日本語がそれを補っていた。それに珍しさもあったのか、ここの田舎の人びとは、大阪・多奈…地区でよく見られたような敵意を捕虜に示すようなこともなかった。

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