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捕虜と通訳 (小林 一雄) (18)

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通常 捕虜と通訳 (小林 一雄) (18)

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2007/12/4 7:39
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298
 第五章

 捕虜たちと泣き笑いのカケひき―虚々実々《きょきょじつじつ=計略や秘術を尽くして戦う》の所内・その1

 収容所で、顔なじみとなり、親しく話し合う仲になったとはいえ、きびしい太平洋戦争の最中、し烈な戦火を交えながら、食うか、食われるか、生死を決する戦争を繰り広げている敵と味方。捕虜と日本軍という立場で、すべてに一線が画されている。当然、監視下に置かれている彼らには、表と裏の言動があるハズ。保護し、監視する立場の日本軍側もこれを承知し、これを前提に作戦を練り、対応している。彼我のかけ引きが四六時中、陰に陽に行われていたことは否めない。それは、ある場合には笑いを巻き起こし、別のケースでは泣くに泣けない悲壮感さえただよう雰囲気をかもし出した。
 そんな泣き笑いのかけ引きのなかでも、もっとも大きな原因となったのは、ことば、会話によるものだった。
 一般捕虜の兵士たちは所外に作業動員される。現場の作業場では、日本人の現場工員といっしょに、あるいはその監督の下に作業する。日本人は彼らに当然、命令形で「作業せよ」「タバコを出せ」「休め」そして怠ける捕虜には「ドあほう」と大きな怒声があびせられる。日本語を十分に理解できない彼らは、そのことばを正しい言い方だと誤解したまま、意味もわからないで日本人と話す時に使う者が多かった。
 ある時、こんな経験をした。一兵士が宿舎前で私に会うなり「タバコを出せ」と日本語を使い命令形でいうではないか。「君、そんな言い方はないよ。他人からモノをもらう場合には、…してくれませんか、とていねいに言い給え」私もさすがにムッときて怒鳴った。「毎日、作業現場ではこんな日本語を日本人が使っている。正しい日本語だと思っていたのに」とその兵士はむくれ顔だ。「英語もそうだが、日本語もていねいにいうことばと、命令調でいう場合のちがいがあるんだ。君の理解の仕方が間違っている。改めないと、これから日本人と話す場合、大変なことになるよ」と、ていねいな言い方を教え、タバコをプレゼントした。
 後で他の兵士から聞いた話だが、この兵士、実は日本語の命令形とていねいなことばの使い分けは知っていたそうだ。しかし、私の評判が彼らの間で意外によく、他の日本人通訳よりも親しみがある。わざとそうしている裏には、われわれに近づいて情報をとるなど、何かあるのではないか (?)と、かんぐって、一度怒らせれば本音が出るIとふんで、わざとやったというのだ。真偽のほどはさておき、これを聞いて、あきれるやら、悲しいやら…私はそんなことは考えたこともなかっただけに、一瞬、恐い感じがした。同時に捕虜収容所内の彼らの笑い、怒りが本当にそうなのか、どうか、疑ってかからなければならないと思うと、悲しかった。そうはいっても、全部がそうだとは信じたくなかった。事実、私の周囲にいたアメリカ将兵の多くは、裸のつき合い、真実の心でつき合っていたと、いまでも確信している。

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