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捕虜と通訳 (小林 一雄) (24)

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通常 捕虜と通訳 (小林 一雄) (24)

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1
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2007/12/10 19:47
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298
 クリスマスに一挙に噴き出したアメリカ人気質・その3

 クリスマスの日の彼らが自慢する呼びものの一つは自作自演の劇である。仕ぐさは役者の多い彼らの演出でどうにでもなる。だが、演出効果を出すショー用の衣装は何一つない。「奥さんやママさんの衣装を貸してくれ」-結局、彼らのこの要望に応えて日本人職員が、それらを貸した。私も、母や姉、やがて私の妻となる〝彼女″から衣服や帽子、ショール、口紅からおしろい類まで、いろいろな女性の小道具を運び込んだ。
 お粗末ながら一棟がにわか劇場に模様がえされ、一段高いステージを前に観客席もつくられた。倉西分所長以下、日本人職員も最前列の特別席に招かれた。大きな拍手とともに幕があき、軽快な口笛も兵士たちの口から鳴らされた。どの顔も笑っている。日本人も笑っている。
 アメリカ本国の一般家庭の風景が、材料不足にもかかわらず手づくりで見事なできばえでステージいっぱいにつくられている。「メリー・クリスマス」-背広姿のパパのことばを合い図に、口紅をぬった、本物と間違う女装のママ、小柄な兵士が擬したこどもたちもいっせいに「メリー・クリスマス」。そしてテーブルを囲んで食事、団らん。大きなクリスマスツリーに鮮やかな電飾がつけられ、〝聖しこの夜″の合唱も。観客の兵士たちも立ちあがって唱和。束の間の故郷を思い出させる演出に、みんな顔を紅潮させ、歌い、笑い、投げキッスや口笛が交錯する。底抜けに明るい。捕虜とは思えない。普通のアメリカ人の風情を見た思いだ。
 一転、舞台は捕虜収容所の風景。そこへ部隊一のひょうきん男、ジェリー一等兵 (JERRY)扮《ふん》する郵便配達夫が自転車に乗ってクリスマスカードや手紙の配達。首を長くして故郷の便りを待つ兵士たちが、われ先にとその郵便を奪い合う。「メリー・クリスマス」一人の兵士の声をきっかけに、全員がまた 「メリー・クリスマス」。そこへ、こんどは別の兵士の扮する郵便配達夫が 「電報」 と大声で一通の電報を持ってきた。
 受けとった兵士の一人が大きな声で電文を読み上げる。「男の子、できた」。その兵士、瞬間飛びあがって「バンザーイ。でかしたぞ」「わがワイフは世界一の美女。私の誇るすてきな女…」と叫びながらステージ狭しと踊りまくった。…が一瞬、立ちどまって口を「へ」 の字に結び首をかしげる。やがてへナヘナと座り込み「何でベイビーができた?」「おれは三年間も戦場にいるのに…」そして大きな声を出して泣きじゃくる仕ぐさ。怒り心頭に発した表情で観客席向かって怒鳴り散らす。「ワイフが…ワイフがなぜこどもをつくった?わからない、わからない」歌声まじりのしょげた姿、そして卒倒する仕ぐさに会場は大爆笑。
 ヒユー、ヒユーとまた口笛があちこちで鳴り、靴で床を鳴らす音も一段と激しくなって、やがて笑い声と拍手とともに幕。

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