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疎開児童から21世紀への伝言 28

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通常 疎開児童から21世紀への伝言 28

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2010/7/21 7:55
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 横浜大空襲 2
 鈴木知明(寿校)

 我々は「九死に一生」を得た。中央の水の噴出していない噴水に辿り着いたが、濁って汚れた水の中に、既に子供たちが避難していた。促されて、我々四人も噴水の中に入り、濁水に腰まで漬かり、頭から火の粉を防ぐため、水に浸した布団を被った。我々は水の中にじっと身体を漬けながら、煙の為に暗くなった空を仰いでいた。真っ黒だった空が、ねずみ色に変わり、音を立てていた公園の樹木も、やっと静かになり、火熱も冷えてきた。我々は濡れ鼠のように濡れた身体を、重々しく噴水から出した。









 公園内には、各方面から逃げてきた被災者が、家族や知人を探して右往左往していた。父はどうしたのであろうか?生きているのかどうか?そしてお婆ちゃんは‥・。

 我々は何とか一命を取りとめたが、不安が残った。今朝渡って来た港橋から日の出橋方面を望むと、全てが灰になり、遠く清水ヶ丘が手に取るように見渡せるほど、何も無い焼け野原と化していた。橋と橋柱だけが、一際目についた。不老町の被災者は、開港記念会館に集合してくれとの連絡が入った。父に逢うとの期待に胸を弾ませ、空腹と疲れた身体で会館に向かった。父は一人だけだった。祖母の姿は無かった。父は涙を堪えて、話し始めた。

 「お婆ちゃんを背負って逃げようとした頃は、家中火の海で、「お前と一緒に逃げ遅れて焼け死んだら、残った子供たちが可哀相だ。お前はこれから子供たちを育てなければならない。私のことはもう良い。この家の中で死ねるのなら幸せだ。早く逃げるんだ。」お婆ちゃんは、部屋の真中で、覚悟を決めたのか、正座して両手を前に合わせ、「南無妙法蓮華経」と声を出して唱え始めた。両手を合わせて、最後の別れを告げ、生みの親を背負って逃げられない不甲斐なさを恥じながら、我が家を後にした。人影もなく、焼け落ちた家屋の間を踏み分けるように、これで死んだら、お婆ちゃんに申し訳ない。「死ねない」と口ずさみながら、一目散に公園に向けて逃げたんだヨ。」 父は息も切らずに口早に話してくれた。自分の母を炎の中に置き去りにして逃げなくてはならなかった父の心境を思った時、我々の生き残れた喜びとは裏腹に、この戦争のもたらした、むごたらしさを感じた。

 父との再会を喜ぶのも束の間、我々は未だ熱気のさめやらぬ焼け跡の瓦礫に戻った。港橋を渡る。さつきまであったあの町並みは何処へ行ったのか。子供の時に登った街路樹は根を残して焼け、家屋は全て灰燼に帰した。焼けただれたコンクリートの建物は桜林産婦人科医院、安田銀行、寿国民学校くらいであった。角の谷知さんの蔵が、ポッンと焼け残っていたので、すぐ裏にある我が家の焼け跡は容易にわかった。何も無い。灰だけ。そして、その灰の中に焼死した祖母の遺体を見た。両手を前に合わせて拝むように、正座をした姿であった。我々は不思議に涙はなかった。あの火熱でも遺体は完全には焼けていなかった。焼け残った木片を集めて、近くで火葬にした。祖母が使っていた梅干を入れる小さな壷に、遺骨を納め、暮れなずむ焼け跡をあとにした。

 家を失い、家族を失い、何もかも失った淋しさはあった。これからどうして生きて行くか‥・。見渡す限りの焼け野原の茜色の空に沈んで行く夕日を眺めていると、空しさだけがこみあげてきた。堪えていた大粒の涙が頬から落ちた。(挿絵も筆者)















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