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続 表参道が燃えた日 (抜粋) 22

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通常 続 表参道が燃えた日 (抜粋) 22

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2011/9/4 8:49
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 羅災の記
 島野 敬一郎(しまの けいいちろう)その1






 昭和二十年五月に入ると、敵機による空襲は、大森、池袋あるいは新宿というように、山手方面を目標にするようになった。

 池袋、新宿方面が空襲されたとき、その一機が明治神宮に投弾していった。JR原宿駅近くに住んでいたわが家からも、神官の森の間からパチパチという音を立てて火の粉が望見された。

 五月二十三日の夜、このところ東京にはやってこなかった敵機は、渋谷方面に焼夷弾を投下しはじめ、被爆地方面からと思われる火災が見えたので心配していたら、遥か北方の上空で、敵の一機が高射砲弾を蒙り、火焔を吐きながら東方海上方面へ逃げのびようとする姿が目に入った。敵機は間もなく空中分解を起こし、燃料の燃える薄黒い不吉な火の塊が二、三空中に舞い、落下しはじめた。その夜は北風が強く吹いていたこともあって、その主翼とおぼしき火の塊の一つが、矢庭にこちらの方へ流されながら落下してきた。翼の両端からは真紅の炎を吐き、北風に乗って独楽のようにぐるぐる大きく回転しながらこちらの方へ落ちてきた。その翼が近づくにつれて、轟々と音を立て、唸りを生じて物凄い景観を呈してきた。事態はますます険悪になってきたので、家族全員は防空壕に避難した。それでも戸外の様子が気になっていたので、壕の透き間から外をのぞいていた。すると家屋が真昼のように明るく照らしだされ、この世のものとは思えないような大きな轟音とともに巨大な主翼が落ちた。

 戸外の様子を確かめるために急いで壕から飛び出してみると、B29の主翼がわが家の向かい側の家の庭一面に、ところせましとばかりに落下炎上していた。その翼の下には防空壕があり、壕の中で救助を求めている女主人の救助に一苦労した。この作業も一段落したところで帰宅したところ、すぐそばの表参道にある大きな木造二階建ての大礼会館が、いまをさかりに燃えていた。大礼会館というのは確か結婚式場に利用されていたはずだったが、その大黒柱などが盛んに燃えているところだった。その近辺の小さな二階建て民家の一群にも火がまわって燃えていた。ラジオの電波も切れ、その後の被害情報もわからない。朝になって気がついたが、わが家の庭にも主翼の部品ともみられるものが多数散乱していた。

 朝食後、原宿皇室駅附近に行ってみたら、B29の胴体が落ちていた。その焼け爛れた胴体の中には、真っ黒になった屍骸が残され、機体から少し離れた路上には、操縦者たちと思われるいくつかの屍体が蓆(こも)に蔽われて残されていた。その蓆の端からは、うーんと右手を空中にのばしていたり、足などがはみ出しているのが見えた。機体の傍に来た一人の警官が、笑いながら棒の先で蓆から出された屍体の腕を叩くと、鈍い音がして木の枝のように硬直したまま上下に揺れた。

 午後になって恵比寿の友人を見舞った。渋谷から恵比寿にかけての被害も甚大で、見渡す限りの焼野原の中では、今日から新しい生活をしなければならない羅災者たちが、悲愴な面持ちで右往左往していた。

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