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続 表参道が燃えた日 (抜粋) 35

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通常 続 表参道が燃えた日 (抜粋) 35

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1
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2011/9/17 8:14
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298
 
 母の手紙
 稲葉 正輝(いなば まさてる)その2

 (以下四ページ目から掲載 [ ] 内は筆者の注)

 『私共は実に運の良い時に、東京をつっきり、つつがなくこちらへ参りましたが、其の後たった三日ちがいにて、五月二十五日の東京大空襲の事、ご報告申し上げねばなりません。

 お留守中に遂に戦災により守りぬく事もかなわず、青山のすべても一瞬にして灰と化し、感慨無量でございます。一年も前からこの時ありとは覚悟の上にてお立ちになったものの、いざとなると、私も一年もの余裕があったにもかかわらず、種々の手落ちの点もあり、何とも申しわけないと存じます。お家の品々、北鎌倉へ、運んだものはほんのわずかで、自分たちの必要品にて手一ばいで、お父母上様方の思い出の品はほとんど失ってしまいまして、おわびの申し上げ様もございません。お留守中の出来事故、昔からのお家寶を失ひ、お家を失ひました私の責任は、只々残る子寶のみを一生懸命立派に育てて申しわけに致し度いと、新たに勇気にもえて居ります。

 先日やっと後始末をつけてS氏[留守宅を託された執事]が会津に参り当時の様子をくわしく聞きましたが、本当に想像以上であった様子に驚きました。青山は集中弾を受け、森の大木は一時にクリスマスツリーのろうそくの様に燃え、先づ三島様[三島神社の御分霊社]のわら屋根からもえはじめシャクナゲのある芝生のあたり一面火の海となった由、大広間[離れの建物]には、一発の命中弾はなく、お母上様のお家のお湯殿に一発、これは留守番に入ってくれてゐたKさん親子ですぐ消しとめてくれ、そのうちに車庫の電車が一時にバリバリ燃えはじめものすごい火がふきつけ、すぎ皮をはった板べいが一時に燃えてしまいました由。又、[貸家の]ガロアさんの留守宅(軽井沢へ行き、ガロア夫人は軽井沢にて病死)もとの長女の部屋へ落下した弾が燃えはじめましたが、全然人手なく、又アフガン [アフガニスタン公使館]にも命中弾あり、これ又軽井沢にて空家の為、燃えるにまかせてしまって、S氏は女、子供をさきに逃げさせ、たった一人にて消火につとめた由、あの青山の広い場所一面火の海の中にてたたかってくれた事考へると、本当によくやってくれたと思います。

 S氏はやっと火をのがれ一晩オンデンのどぶ川につかって少々のやけどだけにて一命を完了した由。奥様、子供達は皆ばらばらに、Kさん親子が一人づつG氏の子供をだいて逃げてくれ、神宮参道方面にてやっとたすかりました。Mさん一家も無事、Tさんお二人方も御無事、本当に本当に誰も無事にてほっと致しました。マンションの外人一人、女中一家、裏のIさん御一家、髪結ひ主人等焼死されました。神宮参道又オンデン方面づい分の焼死者あり、よく、皆々無事であったと不思議なほどの有様だったさうです。一夜をすごし引きかえしてみて、かわりはてたお家の有様にS氏は一人まだあちこち燃えてゐる焼野原にきちがひの様になって水をかけてゐる自分に、はっと気がついて急に泣き度くなったさうでございます。あの大イチョウの木も最後までがんばって右に左に火をはらって居たそうでございますが、本当に一番てっぺんまで真黒にもえてしまったさうでございます。私も会津へ立つ二日前に青山によりましたが、たった二目きりたゝぬ間に、すべてが灰になったかと思ふと、どうしても想像もつかぬほどでございます。遠方にて、一木一草に至るまで、思い出多い青山の戦災のあとをお考えになる御心中お察しいたします。

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